August 04, 2008

芸術論〜合唱の場合

とりとめも無く書いてきましたが、ここで無理矢理合唱の話と結びつけてみます。
そもそも、これまで私がいろいろ書いてきたことは、創作の最前線に居たいと思う人間の一人として、芸術活動とは一体何なのか、と自問自答してきたことです。
それは一つには、合唱というジャンルが非常に保守的で、かつ、芸術活動の最前線にあるとは言い難い現状に対するいら立ちのようなものがあったからです。
私自身がそんな大げさなことを言えるほど立派な活動をしているわけではないけれど、自分の出来る範囲で何とかしてみたいという気持ちだけは持っているつもりです。

漠然とした不満を一つ具体的に言ってみるなら、合唱界にアーティスト、クリエータと呼べるような人が少ないという点が挙げられると思います。それは、一つにはアマチュア中心、コンクール中心の活動が、個性やオリジナリティよりも、保守的な価値観における優劣に終始しているという状況と無関係では無いでしょう。
だいたい、先進的な取り組みには常に賛否両論があるものです。そういったものの評価はコンクールというシステムとはたいてい相性が悪いのです。合唱に関わる多くの人がコンクールというシステムに関わっている限り、異質で破天荒なものを排除し、狭い世界で評価を得るために全体が均質化する危険性から解放されることがありません。
もう一つは、合唱の教育的な側面。合唱世界で名をなす方々は、私にはアーティストというより教育者を指向しているように見えます。率直に言えば、私は歌い手の情操教育のようなものはほとんど興味が無くて、舞台上でいかに観客をエンターテインできるような演奏を繰り広げられるか、その最も基本的な舞台芸術の原点がおろそかにされていることのほうが問題だと感じてしまいます。
尖った芸術家が合唱の世界にもっと必要だと思うし、私自身も(性格は全く尖っていないけれども)そうありたいと思っています。
そして、そのためには合唱という狭い範囲の価値観だけではなく、幅広い芸術作品を(観客として)鑑賞することによって、汎用的かつ根源的な審美眼を養うことが重要なのではないでしょうか。

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May 28, 2008

ポップスの歌い方

編曲話の続きということで、ポップスステージを企画した後、ではどんな風に演奏したら良いか、ということについて。
結論から言えば、ポップスだからこう歌ったほうが良い、などというものは私は無いと思います。
敢えて多くの人が言いそうなことと反対のことを言うなら、せっかく合唱に編曲したのだから、合唱っぽく歌うべきです。みんなが知っている曲を合唱という別の形態で表現するのだから、合唱であることの面白さを伝えなければいけないはず。間違っても、オリジナルの歌手の歌い口を全面的に真似しようなどと思わないことです。(部分的に表現としておいしいところを頂くというのはアリでしょうが)

正直、聞いていて好きでないのは、ポップスステージになると、妙に生声になったり、歌い口もバラバラだったりして適当な演奏になること。それでも、聞いた人は「知っている曲があったから良かった~」とは言ってくれるとは思いますが、それなら「あの曲を合唱でやったら、こんな感じになって面白いんだ~」とか私は言わせたいですね。
ポップスでもジャズでも他人の曲をカバーするなら、自分なりの料理の仕方をして、その料理の仕方を楽しませたいわけで、それは合唱とて同じこと。アレンジにもよりますが、自分たちの魅力を最も良く伝える演奏を本来はするべきなのです。

そもそも、「ポップスっぽい」とはどういうことを言うのか。
裏拍を重視するとか、多少一般的なことはあるかもしれないけれど、現代に作られた音楽なら(もちろん、合唱曲であっても)多少なりともある程度のロックテイストを持っているし、ジャズっぽい和音だって使われます。
だから、元がポップスであろうと何であろうと、今ここで演奏しようとしている音楽の内容を理解した上で最善の表現をすればよいのであって、音楽をジャンルの枠ではめて、ポップスだからこう歌おう、と単純化することは音楽作りの思考停止なのだと思います。

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May 22, 2008

編曲ステージを構想する

もちろん、市販の編曲集をそのまま利用して一ステージにしても、それはそれで構いませんが、どうせなら編曲ステージでは合唱団独自の色を出したいものです。
はっきり言って、このステージの面白さのキモは"選曲"に尽きると思います。この選曲のセンスで、そのステージの成否が決まるでしょう(というと大げさだけど、お客にとっての面白さは随分変わってくるはず)。

選曲のセンスについて、私が云々言うつもりはありません。
こればかりは、選ぶ人の芸術的な審美眼の問題ですし、誰にでも可能なレベルでクリエイティヴィティが発揮できる機会ですから、細心かつ大胆な選曲をしてみたいものです。
問題は、選曲した曲を合唱で歌えるような編曲があるか、ということです。
市販のものでそれなりのアレンジのものがあればいいのですが、選曲でオリジナリティを発揮すればするほど編曲譜が無い、という問題が出てきます。
しかし、そういう事態になったらそれなりの人に編曲を頼むか、自分たちで編曲してしまうか、くらいのバイタリティが必要なのです。そこまで入れ込んだほうが、舞台としても絶対面白いものになると思うのです。
なので、本来、普通の合唱組曲のステージよりも、私には編曲ステージのほうがずっと準備や仕込が大変なものだと思えます。

私が自分で編曲した実例を一つ。
ムジカ・チェレステという少人数アンサンブルのコンサートで、美空ひばりの編曲ステージをやったことがあります。もちろん全部アカペラ。
曲目は、「お祭りマンボ」「リンゴ追分」「川の流れのように」
傾向の違う曲を集め、また原曲から自由に離れて編曲したので、結構自分では気に入っています。
(「お祭りマンボ」は和音を工夫して早口言葉風、「リンゴ追分」はジャズ風、「川の流れのように」はちょっぴりポリフォニー風)

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April 03, 2008

J-POPと合唱

たまたま車に乗っていたときに、カーラジオから今年のNコンの曲が流れてきました。今年の中学の課題曲はアンジェラ・アキなんですね。そういえば去年はゴスペラーズだったか。
オリジナルがJ-POPとして歌われていたわけではないけど、音楽のテイストはやはりJ-POP。もちろん、こういう曲や詩に共感する中高生は多いだろうし、今どきの音楽であるっていうのは、ある意味健全なことなのかもしれません。

まあ、世の中の音楽のほとんどはポップスだし、その他のジャンルが最も商業的に成功している音楽に影響を受けるのは自然なこと。様々な音楽がポップスという文脈の中で再構築され、変遷しているのだと思います。
ただし問題なのは、その取り入れ方。取り込んだつもりが取り込まれている、ていうことの何と多いことか。
ちょっと前に流行った女子十二楽坊なんて、私にはその典型のようにも見えました(あれはあれで音楽的に評価されているのかもしれないけど)。

なので私としては、安易な合唱のJ-POP化には秘かに警告を発したいのです。
J-POPの流儀を取り込んで、より今の人に馴染みやすい新しい感覚を作り上げることには大いに共感するけれど(例えば信長氏のように)、J-POPに完全に寄り添ってしまい、普通のJ-POPの曲にハモリパートを付けましたってなるとこれは、むしろJ-POPに飲み込まれてしまったと言わざるを得ません。
飲み込まれてしまうと、本物には勝てない。マネをする以上、マネの対象を越えることが出来ないからです。

別にJ-POPを合唱アレンジするのがいけないわけじゃないのです。それはエンターテインメントの一つとして十分ありなのです。J-POPをアレンジして歌っています、というのと、まるでJ-POPのような合唱曲です、っていうのはそれはちょっと違うと言いたいのです。

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March 24, 2008

福島のアンコンに行った

週末に福島で行われた第一回声楽アンサンブルコンテスト全国大会に行ってきました。
全国大会というと、私にとってこれまでは聞きに行くものだったのですが、なんと今回は歌いに行くことに。
ただし、私たちの結果はここで言及するのは止めておきましょう。^^;

福島では花粉がひどくて、当日私を含む多くのメンバーが花粉症でひどい目に合いました。やはり、東北のほうは花粉のピークがちょっと遅れるんでしょうかね。それとも、静岡には無いタイプの花粉で私たちには免疫がなかったのか。

土曜日までに全団体の演奏は終わり、日曜日には各部門の金賞団体による本選が行われました。さすがにどの団体も素晴らしい演奏でしたが、その中でも個人的に印象に残った演奏をご紹介しましょう。

・コール スピリタス
見る限り、秋の全国大会でお馴染みの「なにわコラリアーズ」の面々にしか見えません。名は違えど、なにコラの精鋭メンバということでしょうか。
北欧中心の選曲ですが、日本語の曲やシューベルトの曲なども散りばめて、どのようなジャンルであっても、全て彼らの手の内で料理されてしまいます。やわらかさと輝かしさを兼ね備えた音色がとても心地良かったです。
高校生団体とは一味も二味も違う余裕さ、全体から溢れる軽やかさが、もはやプロと言ってもいい貫禄を感じさせます。
終曲は以前、宝塚でも聞いたような・・・。わかっちゃいるけど、ちゃんと楽しめました。

・宮城県第三女子高校音楽部
いつもはOG合唱団を全国で聞くくらいで、大合唱団という印象しかなかったのだけど、16人で歌うこの高校生の歌声は本当に美しかったです。
他の高校生の演奏に見られたある種の必死さ、あるいは限界ギリギリでの音楽作りではなく、本質的に地力が優れていて、純粋に歌い手としての能力の高さを感じました。選曲もバラエティに富んでいて、旋律の綾をよく表現していたと思います。彼女らの明るく、真っ直ぐな声は、個人的には全団体の中で一番好きでした。

・福井市麻生津小学校
一般の部で出て、最終的には第一位を取ってしまった恐るべき小学生6人組。
何と言うか、この少女らの演奏は今回のアンコンの一つの奇跡だったと言えるかもしれません。小学生にして、これほどの音楽的素質を持ち、なおかつ均質な声と感性を持った子たちが同じ小学校で6人集まったこと、これだけで奇跡と呼べるのではないでしょうか。もちろん、少女らの影に有能な指導者がいることは疑うべくもありません。
演奏の力もさることながら、彼女らの声質と福島市音楽堂の音響とのマッチング、また選曲といった面においても、この小学生アンサンブルの魅力を増幅させた原因として挙げられるでしょう。

少人数アンサンブルという形が、このように注目されるようになれば、またさらなるレベルアップにも繋がると思います。大合唱には無い、繊細な音色の魅力に今回改めて気が付いたような気がします。

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February 16, 2008

合唱名曲選:鳥の歌

承前、思いがけず県のアンコングランプリを取ってしまったわけですが、曲の力も大きかったなあ、とあらためて思います。というわけで、アンコンで歌ったジャヌカン「鳥の歌」の面白さの秘密を考えてみましょう。

何といっても、鳥の鳴き声を歌で真似てしまおう、というのが、この曲のアイデアの大元にあるのは誰もが認めるところ。
しかし私の思うに、この曲の本当に素晴らしいところは、そのアイデアをいかに強調し、面白おかしく聞かせるかというその工夫にあるのではと思われます。そして、それはこの曲の構造に負うところが非常に大きいと思うのです。

では、この曲の構造について考えてみましょう。
曲中の終止を区切りとすると、曲全体は5つのセクションに分かれます。これを仮に、Sec.1~5 という形で呼ぶことにしましょう。
また、最初のセクションを除いた Sec.2~5 のそれぞれの構造は大まかに [A]-[B]-[C] と三つのブロック構成になります。ここで、各ブロックは
[A] - ベースから始まる主題
[B] - 鳥の鳴き声
[C] - 曲の中心主題
を表しています。
Sec.2~5 を通して、[A],[C] はほぼ同じ形(Sec.5のみ最後の[C]に一ひねりあり)、そして中間ブロックの[B]がセクションごとに違っています。

ここで一つ面白いことは、曲の冒頭、Sec.1 は [C] と同じであるということ。
単純に繰り返し構造を作るなら、[A]-[B]-[C] の構造を最初から始めようと考えるのではないでしょうか。ところが、冒頭が [C] であることによって、この主題が曲の中心であることが示され、[A] の主題が相対的に低い位置に感じられるようになります。そのため、その後同じ構造が繰り返されているにもかかわらず、有節歌曲的な雰囲気ではなくなり、繰り返しの頭である[A]の主題が出ても、曲の途中感がもたらされます。結果的に、曲全体の一体感が増していくのです。

もう一つ、[C]が中心主題であると感じることにより [B]-[C] の変化におけるカタルシスがより強固になります。「鳥の鳴き声」の喧騒が高まり、その緊迫感が増したところで、主題[C]が出現することに大きな快感を感じるというわけです。交響曲のソナタ形式等で、展開部が盛り上がったところで第一主題の再現部が始まるときの快感に近いものがありますね。

[B]のバリエーションもなかなか工夫されているように思います。[B]の長さを小節数で見てみると、Sec.2-10、Sec.3-18、Sec.4-30、Sec.5-16 となります。
長さ、及び喧騒の強さ、派手さという意味で、Sec.4 の鳴き声がこの曲の頂点となります。まさに「起承転結」を地で行く構造と言えるのではないでしょうか。
鳥の鳴き声にバリエーションを持たせる一方で、[A]、[C]の主題はほとんど無変形であることも、この曲の構造を分かりやすくさせていて、聴く側のテンションをうまく持続させているようにも思えます。

もちろん、ルネサンス期の音楽ですから、文化的なバックボーンや、当時の常識、という視点も必要なのでしょうが、現代の人々が聴いても楽しく感じられる普遍的な仕組みがこの曲には備わっているに違いありません。

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February 06, 2008

福島に行くことになった

昨年の演奏会の勢いで、常時20名を超える団員になったウチの団。
今年も静岡県のアンサンブルコンテストに参加したのですが、16人の規定を超えてしまうので、昨年同様2団体で出場しました。
昨年は男声と女声で出ましたが、今年は年寄りと若者、というとんでもない分け方。ちなみに団名は、年寄組がそのままヴァア・ヴェール、若者組はプチ・ヴェール。双方とも知り合いを引っ張ってきて、助っ人を呼んだ結果、プチなんか半分近く非団員になってましたが。

さてさて、正直なところ今回は全く結果に期待しておらず、グランプリになると今年から始まる全国大会に出られる、という特典もほとんど気にせずにいたのですが・・・なんと結果は、ヴォア・ヴェールがまさかのグランプリ。静岡一般の代表で全国大会に出ることになってしまいました。
うーん、ほんとにいいんだろうか、とは思いつつも、今回はいろんなことが良いほうに良いほうに向かっていたのは確かですね。
他の強豪が軒並み和音の精度が要求される静謐な音楽だったのに対し、我々は曲も「鳥の歌」だし、パワーとノリで押し切るタイプの演奏だったと思います。それがアンコン的な各人の自発性とか、アンサンブルのスリリングさとか、そういうものを知らず知らずのうちに強調していたのでしょう。

もちろん、決まったからには福島では良い演奏をしたいと思います。今回ヴォア・ヴェールは結成以来、初の県外遠征となります。
全国大会が第一回ということですが、どんな団体が出てくるのかも興味あるし、いろいろな演奏を聴いたりできるのもちょっと楽しみ。

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December 08, 2007

楽譜を読む-狩俣ぬくいちゃ

久しぶりの「楽譜を読む」シリーズ。以前はこんな曲を書きましたっけ。

今回は、コンクールで今盛んに演奏されている「狩俣ぬくいちゃ」。実は私、明日演奏します。これで多分、演奏するのは最後です。ちょっとだけほっとしています。
まあ読むといっても、楽譜どおりにまずは頑張ってやるしかないわけですが、あらためて曲全体を見直してみるとかなり欲張りな音楽に思えてきます。
単に手拍子、足踏みがあるという意味ではなく、求められる効果が非常に多彩で、アカペラでありながらシンフォニックな音響を指向している感じがします。同タイミングに違う要素のものが詰まっており、おかげでパートのdiv.も多くなります。
また、もう一つのポイントは、微小な単位でのポリフォニーが多いという点。このテンポで、一拍単位のパートずれがかなり多用されます。この辺りは曲を立体的に見せるために大いに工夫したい箇所です。

和声的には、沖縄のスケールをしかもポリフォニックに処理するため、むしろ機能和声的な側面を敢えて押さえていて、そのあたりがとてもいい効果を上げています(4度堆積のハーモニーにもちょっと注目)。
ですから、全体的にはハモる、ハモらない、にこだわるより、旋律の力強さでぐいぐい押し通すのが、恐らく正しい演奏なのでは、と感じます。ただしよく出てくる五度のハモリにはこだわるべきでしょう。

問題の終盤、ここでの手拍子、足踏みは、もはや作曲者による演奏者へのイジメのようなもので、おおよそ演奏し易さを考えたものではありませんが、それがコンクールという世界観の中では、ある種の達成感を感じさせる要素にもなっているのでしょう。
個人的にはこの箇所、不必要に難しい気がしますが、夏に聞いた名古屋少年少女合唱団の狩俣を聞いて、工夫すればこんなにも面白い演出が出来るんだと、別の意味でこの音楽の可能性を感じました。
むしろここは、楽譜からどの程度まで離れて、演奏者のセンスを光らせるかが試されているのかもしれません。

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December 01, 2007

再び、聴いて楽しい曲

先日のヴォア・ヴェールの演奏会でアンケートをとり、その中にどの曲が面白かったか、という設問があったのですが、集計の結果、今回は面白いほどばらけていました。

今回は、組曲毎に1ステージという形を取らず、一つのステージでいろいろな曲をごちゃ混ぜにしました(コチラ参照)。おかげで一つ一つの曲に対して、お客様が意識して聞いてくれるような雰囲気をうまく作れたような気がしています。
(もちろん、第二部の「母音」は組曲ステージでしたけど)

一般の人が知っている曲を「良かった」という人は、いつでも一定量いるものです。だから、多くの合唱団では、唱歌系やポピュラー系(といってもかなり古め)のステージを作ったりするわけですが、そういうステージが必要だと考えること自体、その他のステージの存在意義を危うくすることになりかねないと思います。
今回、当然のこと、ノスタルジアの「村の鍛冶屋」「みかんの花咲く丘」にも人気は集まっていますが、実はそれと同じくらい、「狩俣」やマンチュヤルヴィや「母音」の各曲も気に入っていただけた人がいて、大変嬉しく思うと同時に、初めて聴いても面白い音楽、演奏はあり得ると確信したりもしています。

ただ、大まかに言っちゃうと、純粋合唱曲の中では、テンポが速い、音量が大きい、振りが付いている、歌以外の音がある、という要素があるほうが人気があったようです。
もちろん、シブいシリアスな音楽の良さを伝えることも大事だけれど、みんながそういう音楽を要求するのなら、それに答えるのだって重要なこと。
薄々気付いていたことを、今回の演奏会を通して、あらためて感じることが出来ました。

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November 26, 2007

演奏会無事終了です

昨日開催しました、ヴォア・ヴェール第三回演奏会、無事終わりました。
久しぶりの演奏会だったし、今回は司会付きで細かい出入りもあったので、ステージングにもいろいろと不安もあったのですが、まあ終わってみれば何とかなるもんだなあ、と感じています。
肝心の演奏のほうは、まあいろいろ事故はあったものの、それも含めて我々の実力なのかあ、というところ。いつもより大振りになった指揮がわかりにくかった、と私も後でずいぶん苦情を言われました。
まあ、それでも全体としては良くできたと思っています。
(とりあえず、個人的には「狩俣ぬくいちゃ」がちゃんと叩けてホッとしています・・・)

ところで、演奏会にこられた方、「五つの母音の冒険」初演はいかがでしたでしょうか?
アンケートでは、"E"に人気が集中していましたが、それってやっぱり演出のせい?音楽じゃなくて・・・
そのあたり知りたいですね~。率直な意見が聴きたいです。
初演の音源も出来たので、私も曲の紹介がし易くなりました。楽譜も何とかおおやけにしたいな、と思っているところです。

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November 17, 2007

「五つの母音の冒険」全曲初演します

昨年、朝日作曲賞を頂いた拙作「五つの母音の冒険」を、次の日曜日(11/25)に全曲初演する予定です。
詳しくはヴォア・ヴェールのページで。

とはいえ、正直、作曲賞応募を意識した曲なので、ウチの合唱団のようなフツーのアマチュア合唱団にとって、かなり難しいのは確か。10ヶ月近く練習してきても、未だに調子外れの音を出したり、落ちる人がいたり・・・で、まだまだ本番での心配のタネはつきません。メロディを気持ちよく歌って楽しむ、というような曲で無いのは確かです。

その一方で、自分の中では確実に一般の合唱曲と違うテイストを持っているという自覚があって、それが特に合唱を普段聴かない人にどのように聞こえるのか、大変興味を持っています。
「A」では、対位法的な方法でパートが重層的に重なる様子とか、その中に現れるシンプルで土俗的なメロディの対比とか、その辺りが聴きどころ。
「I」は、何しろ圧倒的なスピード感と、全く合唱らしからぬ瞬発的な表現が特徴。
そして今年の課題曲「U」は、ある種サウンドスケープ的な音像と言えるかもしれません。
「E」は、音のある小芝居というか、寸劇的要素があって、それがどこまで理解してもらえるかがポイント。
「O」は基本的な骨格は変奏曲なので、そのような曲調変化を楽しめるし、最後の壮大なコラールで組曲を締めくくる爽快感もあると思います。

いずれも、作った自分の感覚での話ですが、これがお客様に伝わるか、演奏がそれほどうまくなくても(もちろんまだまだ努力しますよ!)それでも伝わるプリミティブな音楽の力があるのか、そういった点を是非、聞いてみて欲しいと思っています。

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November 12, 2007

東京の全国大会を満喫

今年も行ってまいりました。合唱コンクール全国大会。
演奏だけでなく、いつものあの人、懐かしいあの人にも会えて、いろいろ楽しかった二日間。
いろいろなことを織り交ぜて、トピックごとにご紹介。

●注目のG4、全国では一団体(ちょっと寂しい・・・)
というわけで、拙作、課題曲G4ですが、歌ってくださったのは、職場の部、日立CSPのみでした。
実は、CSPはその昔、関東大会で私が在籍した団体と全国大会を争っていた良きライバル団体なのですが、我々は団員不足で団がほぼ消滅。かたやCSPは晴れて全国大会の舞台にのることになって、個人的には感慨深いものがあります。そんな彼らが拙作を歌ってくれたのも何かの縁でしょうか。
演奏後、挨拶に行ったらその場のノリで、記念写真に納まってしまいました。その後、指揮者の辻志朗さんとも曲のことなど語り合えたのは嬉しかった。
演奏は少人数ながら、各パートが彫りの深い表現をしてくれていて、曲の雰囲気を良く伝えていたと思います。
どうもありがとうございました。

●今ひとつ不発のG3、いささか食傷気味のG2
混声課題曲については、G4も取っ付きにくいし(結局自分で言っている-_-)、いろいろな団で選ぶのに苦労されていたかもしれません。
G3は大学中心に何団体か歌っていましたが、まだあの曲の魅力に対して突込みが足りないと私は言いたい。「クレーの絵本」の詩っぽく表現するならこんな感じ。「まじめなひとが、まじめにギャグをする・・・サムい。」
声色まで変えて表現を工夫していた、O久保混声の演奏が一番面白かったですが、さらにもう一つヒネリが欲しかったです。福岡教育大学の「ハクション・・・!」は面白かった。(うーん、結局演出の批評になってますが)
それから、G2を演奏した団体が非常に多く、審査基準としては良かったのかもしれないけど、曲自体ちょっと好みではなかったし、あんまり歌う団が多くてきちんと聴いてませんでした。すいません。

●今年の面白かった曲
会津混声の「Weather Report」はいいですね。今風のハーモニーと軽快なリズム感が心地良い作品。これは、また来年以降流行るかも。楽譜もゲット。
岡崎混声の委嘱作「廃墟から」も今までの信長作品とはちょっと肌合いが違う興味深い作品。曲調が様々に変化するのが面白いです。近いうち全曲初演されるようです。
リゲティの「Lux aeterna」は、もはや古典とも言える作品ですが、あらためて聴くと、なかなか面白いかも。(その後、今井さんに曲解説してもらって、さらに興味が沸いた(後述))

●そして最高に素晴らしかった、なにわコラリアーズ
古今東西の合唱曲で、私が最も素晴らしい曲の一つだと思っているトルミス「鉄への呪い」。
これをなにわコラリアーズが演奏するのですから、もう演奏する前から期待度ビンビンです。
そして、期待を裏切らない素晴らしい迫力、そして演出。この曲には振りの指定があるのだけど、その指示をさらに拡大解釈して、独自の振り付けをしていました。そのタイミングと、曲のイメージとのマッチがまた素晴らしかった。
音楽のメリハリや、厚みのあるハーモニーもいつもならでは。私の中では、今年の最高の舞台でした。
(本来、8分30秒で出来ないような気もするのですが、どこか省略していたのかは定かではありません・・・)

●噂の「かつてない二次会」に潜り込む
本番に出ていないくせに、合同二次会に参加。
想像以上のスゴいノリに圧倒。そりゃ声自慢が一つの部屋に集まるんだから、うるさくならない訳が無いですね。超ロングの乾杯コールが圧巻。
都連の方々、またいろいろな団の方とお話できて楽しかったです。
指揮者の先生方とは、清水敬一さん、グリーンウッドハーモニーの今井さん、ESTの向井さん、MODOKIの山本さんといろいろと興味深い会話が出来ました。
おかげで、歌いに来なかったにも関わらず、全国大会に参加したような気分になって、帰途に着くことができました。

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September 10, 2007

ノルウェー・ソリスト合唱団 in 名古屋

昨日、名古屋しらかわホールでのノルウェー・ソリスト合唱団の演奏会に行ってきました。
二年前の京都でのオスロ室内合唱団の感動を再び、というわけでこのコンサート楽しみにしていました。

全体的に言えば、大変素晴らしいコンサートだったと思います。
オスロ室内の圧倒的な感動とはまた違いましたが、ソリスティックな発声と、制御され統制されたアンサンブルが織り成す高レベルな室内合唱の世界を堪能しました。
冒頭のバッハはいまいちな印象でしたが、その後は京都の演奏を思い起こさせるような、ホールの周りで聴衆を取り囲んで歌うシーンや、歌いながら後ろのドアから消えていくという演出も。ああいう演出と、北欧の民謡的な旋律はとても良く似合います。

それに、あまり期待してなかった「風の馬」が意外に面白かったのです。
こういう選曲って、日本公演でのサービス的なものを感じていたわけですが、これが予想以上に質の高い演奏。リズムやハーモニーがとてもクリアで、曲作りも非常に明晰。今までに聴いたこともない構造的音楽作りの「風の馬」なのです。組曲からの抜粋であるにも拘わらず、曲の流れに物語性を感じる、非常に知的な印象を与える演奏でした。

この指揮者、グリーグでも心憎い音楽作りをするし、民謡も自らとても美しい編曲をするし、過剰な振りの無い的確な指揮もカッコいい。それに、ベルボトムのパンツを着こなし、見た目もクールだし、やはりスゴイ能力と人を惹きつける魅力を持った人だと思いました。

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September 01, 2007

孤独の迷宮 FAQ その2

・ポリフォニックな部分、各パートの繰返し周期が違っているが、4/4拍子で書いてある意味があるのですか?
演奏上での表現に関しては意味はない、と言えるでしょう。
とはいえ、ルネッサンス音楽のように小節線を書かない、というのも変だし、全部を一つの小節にしちゃうと「何小節目の何拍目」って指示するのも大変だし・・・まあ、実際の音楽活動の中でそれなりに小節線を書いておくメリットは大きいと思います。
逆に言えば、その程度の意味です。

・ポリフォニックな部分の中盤で調性が変わりますが、どのように表現すべきでしょうか?
特にこうして欲しい、というものはありません。あるなら楽譜に書きますし。
各団体にて、調性の変化に対して変化をつけるべきか、付けるならどのようにすべきか考えてみてください。
作曲上の意味としては、さすがにあまりに変化が無いのは聴くに耐えられないだろう、という意図で、このような変化を途中で入れています。

・tu tu tu は何を意味しているのですか?
私のイメージは、孤独の中で不安が高まっている様子を表したものです。例えば、もっと具体的に言うなら「頭痛のテーマ」と呼んでもいいかもしれません。そうすると、表現したいものが限定されるので分かりやすくなりますね。
同様に、演奏する団体で自由に具体的なものに当てはめてもらって構いません。
いずれにしても、静謐な各パートの繰り返しの中で現れる「tu tu tu ・・・」のテーマは、料理のし甲斐がある素材であり、この曲の演奏の成否のポイントとなるでしょう。

・どのような"u"の母音をイメージしていますか?
この曲は、全て同じ "u" の母音で歌われるべきとは思っていません。例えば、ku と mu の "u" の母音は、文章の中などでは音声学的に違う可能性があります。
ですから、"u" でひと括りにされる母音の様々な表情を音楽の中で表現して欲しいと思います。
考えようによっては、この曲は良いディクションの練習曲かもしれません。

・長谷部さんは迷宮が好きですか?
好きではないですが、仕事でよく迷宮に陥ります。

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August 27, 2007

孤独の迷宮 FAQ

それほど Frequently でもないですが、ネタも含め、これまで尋ねられたことなどを紹介します。
・3小節目、40小節目はなぜ 9/8 なのか?それ以外は四分音符が一拍なのに。
曲全体は、もちろん四分音符が一拍となるような拍の感覚で作られています。
この二つの小節の冒頭に八分休符がありますが、そこで「ウッ」と突っかかる感じを出したかったのです。流れるようにその小節を過ぎ去るのでなく、固めに音符を歌い始めて欲しいと思いました。

・43小節の一拍目のアルトは、上も下も As の音ですよね?
上の41小節のテナーで、律儀に div.した両パートにナチュラルがついているので、不安になったものと思われます。確かに、その部分と整合性が取れていませんでした。もちろん As です。
タネを明かすと、元々 41小節のテナーも両方にナチュラルが付いてなかったのですが、合唱連盟とのやり取りの中で付けるように修正しました。その際、43小節のアルトのほうまで気が付きませんでした。(しかも、41小節アルトの楽譜ミスの遠因に・・・)

・mu nu lu ku du yu の mu と ku にスラーがついていますが、どのように歌えばよいですか?
このスラーは積極的にアーティキュレーションを指示したものではありません。同一シラブルを示すためのスラーです。したがって、特にこのスラーを直接的な表現に反映する必要はないと思います。
そういえば、以前スラーについて書いたことがあります。

・mu nu lu ku du yu の5拍子は3+2で良いですか?
四分音符が三つ、二分音符が一つなので、3+2で振るのが自然かと思います。

・長谷部さんは孤独ですか?
芸術家を目指すような者なら、孤独なくらいがちょうどいいのです。

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August 25, 2007

プリマヴィスタ2を触ってみる

同じ合唱団で指揮をしているO氏が開発したPC用ソフト、プリマヴィスタ2が発売されます。
先日は(仕事で)軽井沢合唱フェスティバルに参加し、宣伝をしてきたようです。

その体験版がダウンロード出来るようなので、ちょっと触ってみました。ダウンロードはこちら
なるほど、合唱専用ということで、いろいろ工夫されていてGUI的に見栄えが良いですね。何といっても、コダーイシステムの移動ド表記が素晴らしい。自分で楽譜に書こうと思っても面倒ですが、自動で出てくれると嬉しいです。あと、全音や半音の違いだけにフォーカスして楽譜に表示される機能も、私的にはなかなかヒットです。楽譜上で音程が微妙に上下しているときに、半音か全音かって異名同音なんかもあって意外と識別しづらいことは良くありますよね。

もう一つ面白いのはレッスン機能。
譜例どおりに歌って、きちんんと正しい音程で歌っているか判断してくれる「視唱トレーニング機能」は、なかなか良いのではと思います。これで練習すれば、音程の悪いところ、取れないところを認識できるきっかけになることでしょう。
ちなみに体験版では28例ありますが、これが100以上になると、やりがいがあるんじゃないでしょうか。練習用コンテンツをもっと増やすと本当にこれでレッスンできるような気がします。
もう一つの音程トレーニングですが、これはちょっと難しい。これ、簡単に出来る人はほとんどいないような気がします。もちろん、これでトレーニングしたらかなり移動ドの力がつくとは思いますが・・・

恐らくこのソフトの一番のキモは、練習している曲のデータがあるかないか、ということでしょう。今練習している曲がデータとしてあると、あとはスクロールする楽譜に合わせて歌を歌って音が取れているか確認できます。
しかし、楽譜はスコアメーカーという別のソフトがないと作れないし(簡易的なスコアなら作れるようですが)、音取りするために楽譜データを作る、というのはちょっと非効率で現実的ではありません。
せっかくカワイはたくさんの楽譜商品を持っているのだから、それらをどんどんスコアメーカーフォーマットにして、公開するか安く販売するなどすれば、このソフトの有用性が上がると思います。
このソフトの力を十分に生かすには、コンテンツの充実が鍵ではないか、という気がします。

あと、微妙に不満なところ
・ピッチグラフの横軸のスケールがいじれない。
・ピッチグラフも点ではなく線で表して欲しい。
・視唱トレーニングは全音符だといまいち歌いづらい。
・ピッチ検出できなかったとき、データが途切れてしまうのでなく、表示に前のデータを使うなどして工夫すると、もう少し見やすくなるような気がする。
→リアルタイム性にこだわらなければ、もう少し精度の高いピッチ検出が出来るかも。

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August 22, 2007

G4「孤独の迷宮」について

そろそろ各地でコンクールが開催されているようです。
予想通りというべきか、G4を選んでくれた団体はかなり少なそうで、作曲者としては残念な気持ち。例年、公募作品を選択してくれていたO久保混声も、今年は違う曲だとか。

その中で、意外にも G4 は高校の団体で取り上げられているような感じです。各地の高校生、先生がたよりメールを頂いたりしています。未だに一般団体で取り上げてくれる団体を聞いたことがないのだけど、高校だけならもう6~7校くらいは耳に入ってきています。
先日は、浜松市内の某高校でG4を演奏してくれるというので、練習にお邪魔してまいりました。確かにこの曲の音取りは難しいし、若干音がアヤしい部分はあったのですが、毎日のように練習して良く練られてくると、なかなか面白い音響が楽しめるのですね。こんなに一生懸命練習してくれて、きっちりした音楽を作っていただいて本当に嬉しく思いました。

そういう意味では、練習時間が必ずしも多くない一般団体が、この曲を敬遠する気持ちはそれなりに良く分かります。人生経験だけじゃ、カバーしきれないんでしょうね。どちらかというと、まっさらな気持ちと莫大な練習時間を要求する音楽なんでしょう。

良く質問されることなど、また近いうちに紹介いたします。

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August 12, 2007

合唱で使う音を作る-メトロノーム

音楽の練習といえば、やはりメトロノーム。これをシンセで作ってみましょう。

と言っても、メトロノームから出てくる音色を作っただけでは意味がありません。メトロノームは、テンポ通りに音を出してくれるからこそ意味があります。
その機能をシンセで実現するのに最適な方法があります。シンセに詳しい方ならご存知と思いますが、最近のシンセにはアルペジエータという機能がだいたいついています。
例えば「ドミソ」と和音で鍵盤を押すと、「ド→ミ→ソ→ド→ミ→ソ→・・・」と楽器が勝手にアルペジオにしてくれるのです。実演奏で使うには少々、余計なお世話にも思える機能ですが、メトロノームには最適。

というわけで、早速作ってみました。
まず、音を二つ作ります。一つは小節の一拍目に使う「チーン」といった鐘のような音。Aのピッチにしました。
もう一つは、一拍目以外の音に使う音。ノイズにレゾナンスを効かせて木魚のような音にしました。
そして、この二つの音をスプリット設定で、一つのプログラムにします。(要するに一つの音色だけど、鍵盤の位置によって音色が変わるようにする)
「チーン」の音を最高音のドの音でのみ鳴るようにしました。そして、その上でアルペジエータ機能をON、押した鍵盤を覚えたままにするラッチ機能もONにして、出来上がり。

使い方は簡単。一番上の鍵盤から同時に4つの鍵盤を押すと、4拍子のカウントになり、3つ鍵盤を押すと、3拍子になります。テンポは楽器についているテンポつまみを回せば簡単に変更できます。

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August 09, 2007

合唱は芸能だ

先週末に、浜松アクトシティ大ホールで開催された浜松世界青少年合唱祭を見に行ってきました。5日のメインコンサートは10時から18時までのマラソンコンサート。結局、ほとんど全部見てしまいました。
ちなみに、前回の感想はこちら

全14団体の演奏がありましたが、面白かったのは次の3つ。
・プエリ・カントレス・オリヴェンセス(ポーランド)
青少年の合唱祭なのに、なぜか男声には頭のはげたオヤジが・・・。いや、それが面白かったのでは無くて、演奏した曲が面白かったのです。2曲はカール・ジェンキンスのレクイエムから。これを選ぶとはなかなかしぶい。
しかし何より可笑しかったのが、最後の曲。これ、一切ハモリ無しの現代曲というか、パフォーマンス。みんなが叫んだり、指揮者がいきなり怒り出したり、全員がふざけ始めたり。圧巻なのは、まるでビデオでポーズボタンを押したかのような、全員の静止芸。大爆笑でした。

・名古屋少年少女合唱団
指揮者は全国大会でトヨタを振っている水谷さん。
しかし、ここは完全に、徹底的に、芸能の世界を極めようとしています。踊りと太鼓、手拍子、足拍子と、歌以外の要素だけでもう十分に楽しめます。
正直言って、この団には踊りあるいは演出のプロがいると思いました。これだけの少年少女の団員が、乱れなく(しかも本当に楽しそうに)舞台上でパフォーマンスを繰り広げるには、相当の練習が必要だったはずだし、それをきっちりと統率した演出家がいたことが想像されます。
ウチでもやっている「狩俣ぬくいちゃ」など、恐らく楽譜まで手を入れていたと思われます。(要するに、あるものが無かったり、無いものがあったり・・・)

・ノルウェー少女合唱団
この合唱団が演奏した曲は、この日演奏するために委嘱された現代曲。それも筋金入りの。
現代曲といっても、邦人作曲家が書くような意味不明なカオス的音響ではありません。いきなり「ギャー」とか叫びながら、少女たちが舞台上を走り回るところから曲は始まります。それが過ぎると、朗読+和声のない音響、の連続。朗読は英語だったようですが、残念ながら意味が分かるほど聞き取れず。
ただ、全員が白装束だったり、プリミティブな表現が多かったことを考えると、何かしら文明批判的な主張を持った曲なのかもしれません。見事に歌いきった、もとい、演じきった女の子たちに拍手!

もはや、合唱は芸能なのかもしれません。

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August 04, 2007

合唱で使う音を作る-音取り用

シンセを使って最初に作ろうと思った音は、合唱の練習や本番で使う音取り用の音。これまでも、練習では音取り用の音にいろいろ不満があったので、それなら自分で作ってしまおう、ということで色々考えてみました。

私のこれまでの合唱経験より、音取りに都合のよさそうな音の要素を挙げてみましょう。
・音が真っ直ぐであること
 まあ、簡単にいえば、音程、音量、音色が鍵盤を押してから離すまで一定であること。こういった音は、あまりに機械的に聞こえてしまうので、実際の電子楽器に音色として載ることはほとんど有り得ません。
・ピッチが揺れないこと
 音取り用なので当たり前ですが、ピッチパイプなんて吹く強さでピッチが変わってしまいます。
・音が減衰しないこと
 ピアノで音取りをやる場合、音が減衰してしまうのが難点でした。
・和音で濁らないこと 
 派手な音だと複数の鍵盤を押しただけで音が濁ってしまい、和音感を感じることが難しくなってしまいます。音色的には近接する高次倍音の量は少ないほうが良さそうです。
・歌いながら一緒に弾いても音が聞こえること
 これは実は上と矛盾するのだけど、合唱の音にマスキングされないような周波数成分も持つ必要があると思われます。

まだ実戦で試していないけど、一つ音を作ってみました。もういかにも電子音という感じなので、評判は良くないかもしれませんが・・・

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June 10, 2007

歌って楽しくない合唱

半ば自虐的に言わせてもらうと、今回の課題曲G4の拙作「U:孤独の迷宮」は、さしずめ歌って楽しくない合唱の代表と言えるのではないかと・・・そんな気がしてきました。;_;
いや、課題曲だけでなく、この組曲「五つの母音の冒険」全体、そういうオーラが漂っています。もちろん、同様のテイストを持った邦人曲はたくさんありますが、実際、それらの曲は一部の有力団体に演奏されているだけという現実もあるでしょう。

言葉が無い、というのはそれだけで、歌い手を萎えさせるようです。どんな複雑な音でも、言葉があるだけでイメージが具体化されるからでしょう。本当は、同じような意味で、音楽によってイメージを具体化させようとしても、言葉よりも歌い手には響かないようです。
その一方、普通の邦人合唱曲が合唱関係者以外に受け入れられない理由の一つとして、歌詞が聞き取れない、ということが挙げられるのではないかと私は考えています。そもそも、合唱というのはよほどの努力をしない限り、歌詞が聞きづらい。なのに、さらにピアノが派手に鳴ったり、声部がポリフォニックに処理されることによって、なおのこと歌詞は分からなくなります。
実はだからこそ、外国曲には宗教曲が多いのでは、とも思っています。ラテン語の典礼文は、いわばお約束の歌詞であり、作曲家にとっては絶対音楽的な取り組み方ができるからです。

歌詞を聞き取りやすい音楽と、歌詞が無くても音楽として鑑賞に耐え得る音楽、このような二つの反するベクトルが「聴いて楽しい」に向かうと思っています。
あえて悪い表現をするのなら、歌い手に音楽を構成する部品としての自覚が足りないのではと思います。自分にメロディがあれば嬉しい、自分に歌詞があれば分かりやすい。こういう感覚を乗り越えて、そこで展開される音楽全体に想いを馳せる必要があります。

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June 07, 2007

聴いて楽しい合唱

とタイトルを書いてみたものの・・・そんなの人によって違うよなあ、と今更ながら思いました。
それに合唱している人の判断基準と、そうでない人とは違うし、自分自身が考えること自体、どうやったって片寄った見方にならざるを得ません。だから、本当は、合唱をやっていない(あまり知らない)音楽好きの人に聞いてみたい、というのが本心です。逆に言えば、自分は合唱以外にどんな音楽を聴いて楽しいと思うのか、考えてみるのもいいでしょう。

とはいいつつ、自分なりに聴いて楽しい合唱を考えてみます。
例えば、自分がスゴイと思った合唱関係の演奏会を思い出してみましょうか。有名どころでは、キングスシンガーズ、クレマンジャヌカンアンサンブル、BCJ、それから最近では世界合唱の祭典でのオスロ室内合唱団といったところでしょうか。(他にもあったかもしれないけど思い出せない・・・)
合唱コンクールでは、なにわコラリアーズ、会津混声、EST、アンサンブルVineなどの演奏が好印象に残っています。

いずれもキリっとした音像、クリアなサウンド、メリハリのある表現、そして軽快で乱れの無いリズム、といったような要素に私は好印象を持つようです。
それは曲に対する印象も同様で、明快なリズム構造を持ち、メロディがはっきりしていてキャッチーなほうが好き。逆に言えば拍節感が薄くて、声部が多い分厚い音はそれほど好みではなさそう。
さて、皆さんの好みはどんな音楽でしょうか。

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June 02, 2007

歌って楽しい、聴いて楽しい

民族性うんぬんなどというと、どんどんマクロ的に話が発展していくので、これまでと似たような話題ですが、もうちょっと合唱の現場に近い視点で思うことなど。
今の日本の合唱音楽の問題は、合唱界自体の閉鎖性にあると思います。その閉鎖性の由来は、何度か書いているけれど、聴衆不在の演奏が多いということ。ありていに言ってしまえば、聴いて楽しい音楽が少ない、のだと思います。
ところが、合唱をやっている当の本人たちは、あまりそうは思っていない。自分たちが心を込めて歌えば、きっとこの曲に込めた想いが伝わるはずだ、という根拠の無い希望だけを胸に抱いて日々練習しているわけです。毎日合唱の練習をやっている人は、残念ながら、一般の人がどのような合唱音楽を良いと思うか、という感覚からどんどん遠ざかります。合唱をやっている人が合唱音楽を聞けば、歌い手的な立場で聞いてしまうので、もはや一般リスナーとは聴くときの視点(聴点?)が違ってしまいます。

つまり何を言いたいかというと、「歌って楽しい曲」と「聴いて楽しい曲」には微妙なずれが存在するということです。
日本の合唱界のように聴衆不在の閉鎖的環境では、聴いて楽しい曲が育たず、むしろ歌って楽しい曲が増えていきます。ところが、ときおり海外の合唱を聞いてえらく感動するのは、たいていの場合それが「聴いて楽しい曲」だからであり、そういう音楽をきちっと演奏できる実力が備わっているからです。
なぜ、日本の合唱音楽では「聴いて楽しい」よりも「歌って楽しい」に向かってしまうのか、それはまた別の機会に考えるとして、しばらく「聴いて楽しい」要素とは何か、「歌って楽しい」要素とは何か、具体的に考えてみましょう。(すでに書いたことがあるようで・・・)

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April 15, 2007

合唱名曲選:フォーレ・レクイエム「Sanctus」

とある助っ人要員で今日、フォーレのレクイエムを歌ったのですが、やっぱりいい曲だなあ、フォーレク。
フォーレの曲の良さというのは、ひとえに流麗な和音展開にあるのではないかと思います。そこで、今日歌った記念に(?)、Sanctus の和音を解析してみます。といっても、「Hosanna」の前まで。

ハープのアルペジオが曲の雰囲気を決定していますが、和声的に注意すべきなのは、これが第三音を最低音に置いているというところ(第一展開)。根音や第五音でなくて、第三音というのが独特の浮遊感を感じさせます。和声が移ろっても、明確な調性を感じさせないような感じをうけます。
基本的に "Eb/G" で曲は進行しますが、その後は以下のようになります。

[A]
| Eb/G | Eb7/G | C7/G Bb7/Ab | 〃 | Eb/G …
[B]
| Gm | Dm/F | Gm6 | D/F# | 〃 | 〃 | Bb7 …

練習番号[A]の "C7/G" は面白い音なのだけど、ドミナントとして "F" には向かわずに "Bb7 " に移行します。このときベース音の "G→Ab" という動きが自然なので "C7→Bb7" という和音進行が変に聞こえません。おかげで、この後、曲はまた Es-dur に戻れます。
次に面白いのは、練習番号[B]で、あれあれと思っているうちに、半音下の調に転調してしまうところ。ここも、"Bb7"から一旦 "Gm" に行き、三の和音だったのを二の和音に読み替えて、次の "Dm" でF調に転調、しかもその次を "Gm6→D" として、気が付くと Es-dur が D-dur に転調してしまいます。何と鮮やか。
ちなみに、この D-dur は、練習番号[C] の直前で、"Bb7" に無理やり行った後、Es-dur に戻ります。

[D]
| Bbm/Db | GbM7 | Db/Ab Ab7 | Bb/Ab Gm Bb7/F |
| C7/E Bb7/F | Eb/G Ab | Bb7sus4 Bb7 | …

「オザンナー」と盛り上がる前に、一拍単位で和声が移ろうところ。気持ちいいですねえ。特に "Bb/Ab→Gm→Bb7/F" とバスが降りながら、Des-dur ぽかった雰囲気をまた Es-dur に戻そうとする動きがいいです。
フォーレの和声は現代から見れば、複雑でもないし、テンション音も多くありません。しかし、ベース音を根音から外して、浮遊感を漂わせながら次々と転調していく様は、シンプルでありながら学ぶところがとても多いのです。

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March 17, 2007

今年の課題曲集

全日本合唱コンクールの課題曲集である、合唱名曲シリーズ36がすでに全国各地に届いているようです。
今年は、「だるまさんがころんだ」に続いて、拙作が課題曲に選ばれて今からワクワクしているのですが、その一方で今回自分の曲を選んでくれるか心配もしていたりします。
だって、詩がないし、分かり易いメロディもないし、一般的には変な曲ってふうに思われているでしょうから。曲自体の説明は、ハーモニーの記事にも書いたのでそちらを見ていただくとしても、なかなか理解されない危惧を抱いているわけです。
今年はG3の池辺晋一郎の曲もかなりエキセントリックで、混声のしっとりした日本語の合唱曲がなく、すでに各方面から非難の声が・・・。といっても私のせいじゃないからね。個人的には "U" でなくて、"A" のほうが課題曲に合っていると思ったんですが、決められたものは仕方ありません。
しかし、G3の「鼻」だって、その面白さを掘り下げて徹底的に演じきれば、素晴らしいエンターテインメントになると思います。一般的には合唱団員はこういう曲を嫌いますが、そういうチャレンジもアマチュア合唱団にはして欲しいとも思います。人を楽しませてこその演奏なのですから。

本当は作曲家の出来ることなんて限られているのです。本来、難曲をこなすことが演奏の凄さなのでなく、演奏者が身体の中から何かを表現しようとしていることが大事なのです。私としては、池辺氏のG3も、私のG4もそういった表現の可能性を持った音楽だと思うし、むしろ、演奏家の中の表現力をこそ問うような音楽なのだと思います。
正解のある表現なんて面白くないじゃないですか。

さてここから重要情報
G4の 「"U":孤独の迷宮」 の楽譜に間違いがあります。
41小節のアルトの一拍目、上の声部は F にカッコつきのナチュラルとなっていますが、これは Fis の間違い。音符に#を付けてください。
この件、ハーモニーにも掲載されるはずですが、まずは取り急ぎお知らせいたします。

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February 05, 2007

静岡県アンコンに参加

たまには、演奏の報告など。
昨日、静岡県ヴォーカルアンサンブルコンテストに出場してきました。
静岡県の規定は6名~16名で、この最大人数がなかなか微妙なライン。ウチ(ヴォア・ヴェール)は最近20名弱の団員数になっているので、今回は男声と女声と分かれて参加。ちなみに団体名は、女声が「ヴォア・ジョーヌ」男声が「ヴォア・ブルー」です。練習は昨年暮れから、男女で分かれて行いました。男声はそのままではちょっとテナーが弱いので、数名助っ人を呼んで補強^^;。

ちなみに私はヴォア・ブルーの指揮をしました。曲はコダーイの「A CSIKO」と、昨年の課題曲「小夜の中山」。
一ヵ月半くらいの練習だから決して少なかったわけじゃないけど、なかなか全員揃わなかったりで、バランスなどもう少しつめたかったのが率直な印象。この辺が少人数合唱の難しさでもあるのですが、それはある意味、どの団でも同じなんでしょうね。
結果は女声、男声ともに銀賞でした。いい感じまで仕上がったとは思ったのですが、それ以上に上手い団体が多かった。
最後の2回の練習では男声、女声で聞きあってダメ出しをしましたが、同じ団内で聞きあうという経験はあまりないんで、結構刺激になったんじゃないかな。

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January 14, 2007

音取りと移動ド

以前より、移動ド論者である私は、そのメリットを訴え続けていたわけですが、実際、世の中そう単純じゃないのです。
移動ドを実践してくれる人もいるのだけど、うまくやらなければ手段と目的がこんがらがってしまいます。音を取るための移動ドなのに、(当然の帰結ではあるけど)移動ドで歌うことそのものが目的となってしまう場合があるのです。
だから、無理やり移動ドで歌おうとして苦労するくらいなら、口に出して歌わなくてもいいのに、と思うのだけど、口に出すからこそ覚えるという側面もあり、これは一概には言えません。

以前もこんなことを書いたように、現実には、どの調でも移動ド読みできて、各階名の音程関係がしっかり頭に刻み込まれていて初めて、そこにある楽譜を移動ド読みして楽に音取りできるようになるのです。
従って、今練習している曲を一生懸命移動ド読みしようとするより、もっと移動ド読みのための基礎練習をしなくてはいけないように思います。まあ、実際そんな暇はないんですけど。

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December 29, 2006

邦人曲を取り巻く環境

邦人曲の特殊性シリーズ、ほっとくとどこまでも書きそうなので、今年も終わりそうだし、今回あたりで止めておきましょう。
今まで言ったことを全部まとめると、音楽的骨格をピアノに任せて奔放に歌い、宗教的祭儀より平和や学術的なテーマを好み、音そのものより歌詞の意味にこだわり、ロマン派的交響曲の世界を指向し、器楽的メロディより言葉のイントネーションの自然さを気にする、そんな曲が喜ばれているのです。
結局のところ、需要の無いところに供給は無いわけで、皆(合唱団)が欲するからこそ、こういった曲が生まれるわけです。

でも、それって本当に観客が聞きたい音楽なんでしょうか?
みんな真っ赤な顔して興奮して歌っているのに、それに子音もしっかり立っているのに、でもポリフォニックなんで何を歌っているかは認識できず、時折聞こえる言葉の断片からはやたらとシリアスな雰囲気だけが漂ってきて、果たしてこの曲を理解しようと努め