December 13, 2009

「銀河鉄道の夜」は理不尽なのか?

新聞の記事で「銀河鉄道の夜」を読む、といったコーナーがあり、読者の投書として「死を美化している」とか「結末が理不尽だ」という意見が掲載されていました。確かに夢の中で幻想の銀河旅行を旅した後に訪れる友人カムパネルラの死、それもイジメっ子のザネリを助けようとして結果、と聞くと奈落の底に突き落とされたようなショックを受けるのは確かです。
無論そのような結末にこそ、この物語が伝えたかったことや、賢治の神髄が現れていると私は思うし、それ故にこの作品が名作である理由なのでしょう。

そもそもこの世は理不尽なことだらけです。
腹黒い人間が世を跋扈し、才能の無い人間がはやし立てられ得意気になっている。そう思う人も多いでしょう。まあ、私もそう思います。
確かに一般論として皆が納得してくれたとしても、個別の事例に対峙すると人の意見は分かれます。何を持って特定の人を腹黒いと思うか、何を持って誰々に才能が無いと判断するか、その同意を皆から得るのは基本的に不可能なのです。

「銀河鉄道の夜」は終始主人公であるジョバンニの視点で語られます。
物語を読み進めるにつれ、読者はジョバンニに共感し、カムパネルラを心強い友と感じ、ザネリに憎しみを感じます。しかし、それはジョバンニ視点で見た物語の世界です。そもそも、この世はそれを見る主体によって全く違った解釈をされるものです。例えば、ザネリを悪いやつと思わない視点だって十分あり得ます。
仮にカムパネルラにとっても、ザネリが憎むべき存在だとしたら、彼は川に溺れたザネリを助けるべきではなかったのでしょうか? 人を助ける、助けないという判断が、自分が好きな人間か、そうでないかによって左右され得るものでしょうか。

私たちは、良い人と悪い人を、自分の好きな人と嫌いな人の判断と混同しがちです。
世の多くの宗教はそういう狭量をこそ、克服すべしと言ってきたのだと思います。「汝の敵を愛せよ」という言葉は象徴的です。賢治が法華経に傾倒していたことも、こういった価値観と無縁ではないでしょう。
だからこそ、そのアウフヘーベン(止揚)として、分け隔てなく人を愛し、奉仕をすることに賢治は美徳を感じました。そして、この作品はそのような思想の結実として現れたものだと私は思うのです。
宮沢賢治については、以前こんな話や、こんな話も書きましたね。

| | Comments (0)

November 25, 2009

詩はどこへ行ったのか

朝日新聞のオピニオンという紙面に、上のタイトルで谷川俊太郎へのインタビューが書かれていました。
一言一言が大きな共感をもって響いてきます。何が凄いって、1931年生まれのお爺さんが、コスプレとかスラムダンクとかブログとかを語るんですよ。私には文化人だから当然とはとても思えません。谷川氏自身が社会との関わりを大事にし、常に同時代性を追い続けていることの証左に他ならないと思うのです。
だから、この記事全体が最終的には商業主義、金と権力、デジタル化を一見否定しているように見えるのだけれど、それで単に郷愁を刺激されて読み手は安心してはいけない、と感じたのです。
それを一番感じたのは次の一節。

─詩人体質の若者は、現代をどう生きたらいいんでしょう?
「まず、社会的存在として、経済的に自立する道を考えることを勧めます・・・」
谷川氏は社会の中にある詩情を掬い取りたいと思っている。それは世捨て人のような仙人が紡ぐような芸術とは対極にあるものです。

今の時代、ふと気を抜くと簡単に商業主義やデジタル化の波に飲まれてしまいます。
そういう社会を肯定しながらも、敢然と立ち向かい、それらが抱える問題をしっかり認識した上で、折り合いを付けながらも新しい世界観を提示していく・・・それこそが現在の芸術家の果たすべき使命ではないか、とこの記事を見て私は感じたのです。

| | Comments (0)

October 01, 2009

オカルトが生まれる背景ー進化論

今年はダーウィン生誕200年、「種の起源」発表から150年というダーウィンイヤーだというのはご存じでしょうか。
それに合わせたのか、ダーウィンの生涯を描いた「クリエーション」という映画が作られたのですが、これがアメリカでは上映されないことになったのが話題になっています。

知っている人もいるかと思いますが、アメリカでは未だに進化論を信じない人が国民の半分ほどいるのです。恐らく、アメリカのキリスト教徒は世界の中でもかなり保守的で、未だにキリスト教原理主義的な考えが根強く残っています。
そもそもダーウィンが「進化論」を発表するのをためらっていたのは、その内容がキリスト教の教えを否定しかねず、いわば現代のガリレオになることを恐れていたためです。
しかし、150年たった今でさえ、アメリカでは神が人間を創造したと聖書に書いてあるが故に、進化論を信じない人がいるのです。
そのためか、アメリカの多くの学校で進化論は教えられてはいませんし、教えられても学説の一つとして扱われている程度なのだそうです。映画配給会社もそのような状況の中で、上映はしないほうがよいと判断したのでしょう。

宗教が絡むのでやや繊細な話題ですが、これ、かなりのオカルトだと思いませんか。
そもそもオカルトが生まれる背景には、キリスト教という非常に明確な理由があります。例えば、仏教徒が全く同じ理由で進化論を否定しない限り、彼らの主張は科学的に、あるいは論理的にどうみたっておかしいのです。
もちろん、進化論自体、私たちが日々体験する自然現象からは想像しづらい理論ではあるのですが、今や生物科学の最前線でこれを否定することは不可能なくらい常識になっていると私は思っています。

先日初演した拙作「生命の進化の物語」も、生命の進化の不思議さ、面白さをテキストとして扱った合唱曲です。ちょっと宣伝になりますが、近いうちにこの楽譜を出版する予定ですので、是非お買い求め頂ければと思います。
しかし、この楽譜もアメリカでは発禁処分になってしまうのでしょうか。(どう見ても余計な心配^^;)

| | Comments (0)

September 27, 2009

オカルトが生まれる背景

オカルトには、それが生まれる背景というのがある気がします。
オーディオの場合、70年代、80年代頃のオーディオに活気があった時代というのが、そのバックボーンではないかと思います。当時はまだデジタルではなく、新製品が出るたびに音質が確実に向上するような時代でした。
高級でバラツキのないコンデンサやコイルが使われれば歪みが減って、SNも良くなり、音も良くなります。レコードプレーヤも、モーターがしっかりしていてターンテーブルが重ければ回転もムラがなくなります。
そんな中で、あらゆるパーツを高品質にし、最上のオーディオ再現空間を作る、ということがオーディオマニアの喜びでありました。お金持ちにとっては、最高の贅沢な趣味であったと思います。

恐らく、そんな高音質オーディオの楽しみをリアルタイムで体験したのは、私よりちょっと上の40代後半から60代くらいの世代。フジの特ダネの某キャスターとか、専用のオーディオルームを持ってることをよく自慢してますね。
今でもオーディオ評論家はこの世代が中心で、逆に私より下の世代で高音質追求型のオーディオ評論家というのはほとんど聞いたことがありません。はっきり言って、今の若い人にとっては、音質が良いということにそこまで拘る心意気のようなものが理解できないのではないでしょうか。

デジタルの時代になって、アナログに変換される直前までは理論的に音質劣化が無くなる時代になっても、まだ当時の体験が身体に染みついている世代には、飽くなき音質追求には終わりが無いと感じているに違いありません。

| | Comments (0)

June 20, 2009

プロとアマと才能・・・

しかし、才能って言葉は考えれば考えるほど難しいです・・・
芸術活動をしていれば誰だって才能っていう言葉にぶちあたります。たいていの場合、自分の才能を高めに判定する傾向はありますが、それでも自分には才能が無い・・・と悩むことも多いでしょう。別に、趣味でやっているならそんな大層に悩むことも無いとは思いつつも、もし世間が認めてくれるならプロとしてやっていきたいと密かに考えているかもしれない。(私のことを言っていると思ってますか?まあ、そうなのかも)

才能は一次元的なベクトルを持っている訳ではないし、人は見た目や経歴や性格や、いろいろなものに判断を左右されます。
だから、かたや才能があっても認められない、と感じる場合もあるだろうし、才能が無いくせに活躍していると思われる場合もあるでしょう。
所詮、共同体の最大公約数的なモノが評価され、流行ったりする訳で、それをキチンと把握することも評価されるためには必要だけれど、共同体自体の価値観に幻滅してしまう場合もあります。
恐らくは、本当に才能があっても世に埋もれたまま消えていった人はたくさんいるのだと思います。しかし、彼らは何も残せなかったのではなく、その周囲の人々をインスパイアさせながら、やはり幾ばくの影響を社会に与えていたのではないでしょうか。

現在は、まだプロとアマの差が厳然と存在します。
恐らくそれを規定しているのは、メディアです。ですから、プロ化したい芸術全般が聴衆や観客でなくメディアを向いてしまうのです。
メディアの文化の扱いによって、芸術の有り様は相当変わるように思います。プロとアマの境目が静かに消えつつあるのと同様、メディア自体も変化しつつあります。
個人がラジオ局さえ開設できる時代です。良いリコメンドを提供出来るメディアが支持を広げる社会になれば、またプロとアマの境界も変わっていくし、その結果、芸術における才能の見え方も変わっていくかもしれません。
やや取り留めが無くなりました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 10, 2009

さらに、プロとアマについて

どうせ私たちプロじゃないし・・・っていうのが嫌いです。
なぜ練習しているかというと、いい演奏をするためだし、なぜいい演奏をしたいかというと、それを聴いたお客様に喜んでもらいたいからです。
結局、アマとプロを分けているものは、演奏者の「覚悟」なのだと思います。いい演奏をするためにはいろいろな障壁があります。その障壁に敢然と立ち向かう覚悟があるか、ということです。やや、勇ましい言い方をしていますが、見た目の熱さのことじゃないのです。どちらかというと「究める」という感覚に近い。いい演奏をしたい覚悟とは、物事を究めようとする態度なのです。

合唱がなかなかプロ的になれない理由の一つとして、演奏者一人一人の責任の軽さという問題があるでしょう。例えば、バンドの練習でドラマーが休んだら練習にはあまりならないでしょう。でも、合唱って私一人くらい練習を休んでも大丈夫、と思ってしまう傾向があります。
しかし、合唱団のレベルは最後には団員一人一人のプロ意識で決まっていきます。プロ意識が高ければ、確実にウマくなります。そのために、演奏者が自分たちの演奏に対する責任をもっと強く感じる必要があります。

その一方で、生涯学習的に、自分自身がゆるやかに楽しめれば十分。あわよくば、家族にも演奏を聴いてもらえば嬉しい、というような音楽の取り組み方もあることでしょう。
その場合、指導者はお客様に楽しんでもらうような音楽作りでなく、団員を生徒として扱い、音楽を学ぶ楽しさを体感させる必要があります。それは、まさにアマチュア的なあり方です。
その辺を曖昧にしたままで団の運営をすると、いろいろと混乱の元になってしまうのではないでしょうか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 06, 2009

プロとアマについて、再び

何度か音楽産業のことを書いてます・・・
プロとアマの垣根が低くなり、プロのアマチュア化が起きているのでは、と前に書きましたが、それと同時にハイアマチュアの質が向上したという側面があることを忘れてはいけません。
なかなか実感は沸かないだろうけれど、ポピュラー音楽など、アマチュアでもプロ顔負けの音楽を作っている人はたくさんいます。彼らがアマなのはただ宣伝力が足りないだけ。

やや無理矢理、合唱の世界に振ってみると、合唱はほとんどアマチュア団体しか活動しておらず、一部のレベルの高い団体はプロが作る音楽とひけを取らないと思います。
つまり、すでにアマチュアのプロ化が密かに起き始めているジャンルと言えるかもしれません。

ただ、私にはまだアマチュア的な感覚で音楽活動をされている方は多いと感じます。
以下に私がアマチュア的と感じることを挙げてみましょう。
芸術と大衆音楽を分けようとするセンス
音楽の質を論ずるのに、なぜかアカデミックな価値基準から逃れられない態度のこと。所詮、音楽なんて気持ち良ければいいのです。その理由を理知的に解き明かしたいだけなのに、いつしか手段と目的が逆転してしまっているように思えます。
過度に芸術の高尚さを求めると、聴衆の喜びから音楽が離れていきます。ところが、多くのアマチュアは、こんな高尚な音楽やってる自分ってスゴい、みたいな感覚からなかなか抜けきれないのです。
・芸術の価値判断は本来不合理なものであるのに、それを受け入れられない
何がいい芸術か、なんてものに答えが無いのは当然なのに、あっちのほうが良い、これは良くない、というような序列化をしたがります。特に、ウマい、ヘタ、という評価を安易に下す人が多い。
もちろん、芸術の中にも純粋な技術的要素はありますから、ウマい、ヘタという評価はある程度必要なことだけれど、それだけで芸術の価値を推し量ることは当然出来ないはずです。
そこにコンクールの落とし穴があります。そもそも、コンクールに絶対的基準を求めることがナンセンスです。審査員や各種レギュレーションによって、結果が違うなんてことは当たり前だからです。
・他人の意見で、自分の価値判断が容易に左右される
プロになるには、自らが「ウマく」なるだけでなく、芸術を自分の価値基準で判断する能力が必要です。良いものが分からなければ、良いものを作れるはずが無いからです。
ところが、自分の価値判断に自信がないと、容易に他人の、例えば指導者、有名な批評家、芸術家の意見を無批判に受け入れてしまいます。そうすると、いつもその人の価値基準が定まらず、フラフラしているように思えるのです。最後は自分のセンスを信じ、そこを拠り所にすること。それがプロ的であるための心構えなのだと思います。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

June 02, 2009

激動の音楽業界

ふたたび、音楽業界ネタ。
経済産業省から、音楽産業のビジネスモデル研究会報告書が発表されました。50ページを超える量で内容もヘビーですが、音楽産業に興味がある人だけでなく、今後音楽とはどうあるべきなのか思いを巡らそうとしている人にとって大変興味深い内容だと思われます。是非、ご覧ください。
大まかに言えばこの報告書では、CDの売り上げに頼っていた音楽業界は、パッケージビジネスというやり方を変え、コンテンツそのもの(音楽そのもの)の価値に立ち返って、多角的にビジネスを展開していくべき、といった内容が書かれています。

いずれにしても、音楽の価値を単純にCDの売り上げで判断してしまう傾向こそが問題なのです。
もちろん、誰もが自分は売り上げで音楽の善し悪しを判断していない、と言うでしょう。しかし、個人が信条としてそう言うことと、企業がビジネスの論理で行うことはどうしても相容れません。
企業が利益を追求するのは当たり前のことですから、彼らは「売れる」コンテンツをこそ欲しがります。その結果コンテンツを作る際には、それほど音楽に興味を持たないにわかファンをどれだけ取り込めるか、という視点が重要視されてしまうことになるのです。

音楽的価値とCDの売り上げとは全く相関が無い、などと言うつもりはありません。
しかし、パッケージの売り上げを増やすことを至上命題としていた音楽産業が、音楽のあり方を少しずついびつな方向に向けてしまったことは疑いのない事実だと思います。
売り上げの呪縛から解放されたとき、音楽はもっと質で語られるようになるような気がしているのです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 23, 2009

みんなアーティスト

アーティストがアマチュア化するなら、巷にいるアマチュア音楽家と何ら変わることが無くなります。これは、まさに「みんなアーティスト」時代の到来ということになります。
もちろん、これは音楽をやる誰もが人気アーティストみたいになれる、ということではありません。むしろ事態は全く逆で、レコード会社の方針や妙な業界の力学で音楽が評価されなくなる分、より評価が音楽原理主義になり、演奏の上手さ、表現の巧みさ、楽曲のオリジナリティが情け容赦無く批評されるようになるでしょう。
こういった時代に人々に必要な態度とは、仲間内だからといって上辺だけで褒め合ったりするのでなく、自らの芸術観を個々人が確立した上で、誰に対しても自分の意志で明確な音楽批評が出来ることです。
残念ながら現状ではアマチュアのほうが自尊心が強くて(批評慣れしてなくて)、他人に自分の音楽を批判されると怒る人も多い。中には「一生懸命やった人に対して、そんなことを言うのは失礼だ!」と言わんばかりの人もいます。
失礼のある言い方も問題ですが、他人の批判を謙虚に受け取ることが出来ない音楽家は、恐らくいつまでも成長することは無いでしょう。

まあ、何はともあれ、「みんなアーティスト」時代というのは、決して悪くない時代だと思います。
恐らく最初は芸術の質が落ちた、という人も出てくるでしょう。しかし過去の偉大なアーティストしか愛せない保守的な態度もまた、批判の対象になり得ます。
芸術活動は常に同時代的であるべきだし、もちろん過去から学ぶべきものは山ほどあるとしても、今生まれている音楽、そして芸術を評論する力は、その世界に生きようとするなら必須なものです。
そして、ビジネス縛りが無くなって、本当に、純粋に、音楽そのものの力が試される、そうなったら本当に面白い世の中だなあ、と私は思うのです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 17, 2009

賀茂真淵記念館

Mabuchi浜松に住み始めて早20年経ちましたが、地元にいながら行ったことの無い場所というのがまだまだ結構あるものです。
私が住んでいる場所から歩いて15分くらいのところにある「賀茂真淵記念館」もそんな場所のひとつ。本日、急に思い立ち行ってみることに。
まあ、予想通り日曜なのにお客がほとんどいない、ちょっと寂しい博物館でした。料金は大人300円。
ちなみに行ってみようと思った直接のきっかけは、今週号の「古代文明」に国学の記事があり、そこで賀茂真淵の話を読んだからです。

賀茂真淵とは何者かというと、一言で言えば、江戸時代の「万葉集」研究家。
当時は、そんなものを組織的に研究するような機関は無く、完全なアマチュア研究家でした。しかし、その功績のためか(良く分からないけど)将軍吉宗の次男の家庭教師となり、浜松から江戸に移り住みました。

結構、へぇ~と唸るような話として、「松坂の一夜」というエピソードがあります。
賀茂真淵が関西に旅行した際、その途中の松坂に一泊したときのこと。国学に興味を持っていた若い医者、本居宣長はそのことを聞き、賀茂真淵を訪ねます。そして、その夜二人は国学について語り合ったということです。
本居宣長は賀茂真淵の弟子となりましたが、生涯会ったのはこの一度だけ。それ以降、二人は手紙を通して様々なことを論じ合ったそうです。本居宣長は、やはりアマチュア研究家として、その後「古事記」の研究に大きな業績を残すことになります。
ということで、本日のお勉強はここまで。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

より以前の記事一覧