December 15, 2009

フリー/クリス・アンダーソン

FreeIT社会の行く末と題して、いろいろなことを書いてきました。
特に、ネットの世界ではタダであることが普通になっていくという話も書きましたが、この点についてとても詳しく解説された本を入手。これは面白いです。もし、あなたがIT的なビジネスで一旗あげたいと思っているなら必読です。どこまでを無料にして、何を有料にするのか、そういった戦略が非常にこれから大事になることが良く分かります。

またビジネスに興味が無くても、ネットの世界で文章、音楽、イラスト、動画などで自分を表現しようと思っている人にも深い示唆に富んだ内容だと思います。ネット社会においては、人々に認められ評判になることに幸せを感じ、それが自己表現のモチベーションになります。そして、そのような社会になるにつれ、人間はより創造的になる必要があるのです。

とはいえ、基本的にこの本はビジネス書です。経済論とも言えます。
タダが回りまわってお金をどう生むのか、その理屈を解説します。フリーには次の4種類があると言います。
<その1>直接的内部相互補助
「DVDを一枚買えば、二枚目はタダ!」みたいなヤツです。タダのもので釣って、他のものできちんとお金を払わせようというやり方。
<その2>三者間市場
一番分かりやすいのはテレビ。テレビを私たちはタダで見れます。放送局はCMの収入で番組を作ります。CMのスポンサーは広告効果で儲かります。結局私たちはCMを見たことが、何かの商品を買う動機になったりします。
<その3>フリーミアム
無料会員と、さらに特典が多い有料会員で分けるやり方。この本では、95パーセントが無料会員でも、ITの世界ではやっていけると謳います。
<その4>非貨幣市場
まさに、評判や関心であり、それによって満たされる個人の喜びが報酬。つまり、全くお金は回りません。ただし、そこで評判になった人は、おかげで出版が出来たり講演の依頼が来たりして、別から報酬があるかもしれません。

そんなこんなで、タダということをとことん考察しています。
まさに、今このとき、常識はどんどん変わりつつあります。お金にまつわる常識もすごい早さで変わりつつあることを、この本を読んで実感できます。

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December 01, 2009

ヘヴン/川上未映子

Heaven広告とか見て気になっていて、ついつい本屋で見つけたときに買ってしまいました。
帯に書いてある文句とか、雰囲気から察していた内容と、正直かなり違っていて、とんでもない本を読んでしまった、というのが率直な感想。
同じクラスでイジメられている主人公とコジマという二人が手紙で交流を始め、その仲が発展してゆき・・・というところまで読んでいると、ほんわりした感じで二人の交流が進んで、心が通い合った二人に悲劇的な結末が・・・みたいな感じで話が進むと思われたのです。

しかしその想像は二重にも三重にも裏切られます。
そもそも、コジマはコジマでとても狂信的な思想で満ちていて、それを「僕」にも求めるのです。それがかなわないとき、コジマは「僕」を見限ってしまいます。彼女が目指しているのは、(イジメに耐えることを人生の目的とする)とてつもなく求道的な生き方でした。
それから「僕」はなんと、いじめっ子の一人百瀬と対峙し、自分への仕打ちを糾弾します。しかし、百瀬は実に饒舌に、そしてロジカルにイジメ側の論理を語るのです。「この世に意味なんてない」とか「みんなは決定的に違う世界に生きている」とか、恐ろしくシニカルで厭世的な哲学。
中学生とは思えないような、思想的、哲学的な会話。しかしそれでいて、リアルで凄惨なイジメの現場。直視できない痛ましさ。こういう事柄を平然と並べ、そしてストーリはエンタメ的な大団円を決して迎えません。

しかし、ラスト数行は感動的な言葉で締めくくられます。密度の濃い、畳み掛けるような文体は、読者に対して暴力的な感動を強要するのです。
痛々しくて、怖くて、忘れがたい印象を刻み付ける小説です。そういうのが嫌な人は読まないほうが良いかもしれません。

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August 12, 2009

海辺のカフカ/村上春樹

Kafka村上春樹の本を始めて読みました。
もちろん以前から気にはなっていたものの、何となく食わず嫌いみたいな気分は感じていたのです。
ところが、実際この「海辺のカフカ」を読んでみたら、なかなか面白い。思っていた以上に、楽しめた小説でした。
かなりの長編ですが、文章は比較的平易だし、純文系にしては様々な出来事が起きて読者を飽きさせません。「僕」と大島さんの観念的な会話とかはやや閉口するのですが(いや、それが好きだという人もいるのでしょう)、カーネル・サンダースのくだりはギャグのセンスもなかなかで、笑いながら読めます。
しかし、これがエンターテインメントと決定的に違うのは、全ての設定の謎は解決されないまま放置されるという点。現実のようでいて、全く無茶な出来事が平然と起き、その超自然現象についても結局フォローされないまま。まさに、マジックリアリズムといった趣です。そういえば、村上春樹の他の小説なんかも粗筋を聞く限りはこんな感じなんでしょうね。

不思議な設定がフォローされない、というのは、ある種作者の自信のようなものだと思うのです。超自然現象でも何でもありとなれば、掟破りのストーリーだって可能です。凡百のクリエータは都合の良い設定を、ストーリー展開の都合のよさに使ってしまう。それをやっちゃあ、お終いよ~みたいな。もちろん、村上春樹はそうならない絶妙なバランスを知っている。
天から魚が降ってきても、カーネルサンダースがポン引きしていても、はたまたテレビがある天国があったとしても、それが物語の機能としてきちんと消化できる自信があるからこその奇想天外な設定なのでしょう。
オイディプスの神話を物語の軸として使っているのも、物語の流れにうまく一貫性を与えており、非常に構築性の高い長編小説であると感じました。

しかしその一方、春樹節のいけ好かない感じもやや鼻に付いたのは確か。
音楽や文学に関する薀蓄の多さ(クラシックの作曲家や演奏に関しては逆に興味深いけど)、クールなガジェットの使われ方(やたらにブランドを強調したりとか)、結局のところ男の欲望がすんなりと成就される展開、などなど。十五の若さで、プリンスやコルトレーンやレディオヘッドなどの洋物を好んで聞く老成さも気になるし(間違ってもサザンやミスチルなんかは聞かない)。
そっか、村上春樹って最近は日本より外国のほうが売れているって言うし・・・。

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June 28, 2009

「芸術力」の磨き方/林望

Rinbouタイトルに惹かれて立ち読みしてみたら、これが大変面白そうなので、ついつい購入。
私が、このブログでくどくど言っていることが気持ちいいくらいそのまま(しかも分かりやすく)書かれていて、全編膝を打つような気持ち良さで一気に読みました。

著者は文筆家なのですが、芸術についても非常に造詣が深い方。本書では、特に特定の芸術について書かれているわけではないですが、個々人の「芸術」活動の方法について、その心がけのようなものが書かれています。
我々にとって取っ付きやすいと感じるのは、本当にこの方多趣味なんだけど、そのうちの一つに声楽があって、クラシック、特に声楽ネタが本書ではたくさん扱われています(三大テノール批判とか)。なお、本人はプロの声楽家と「重唱林組」などというカルテットを組んで、演奏活動しておられるとか。

やわらかで読みやすい反面、内容は相当辛辣といっていいでしょう。
特に、日本における芸術の扱われ方というのは、教育の世界でも、商業の世界でも、メディアにおいても、実に貧しい状況であることを嘆いています。また、個人レベルで見ても、人にレッテルを貼ったり、芸術家個人のストーリと芸術そのものの価値が混同されたり、訳知り顔のオタクが初心者をバカにしたり、カメラオタクがカメラの機種の薀蓄ばかり垂れていたり・・・などなど著者が嫌うような芸術態度が目白押し。
やや断定口調であるのは気になりますが、それらも言いたいことの本質はとても共感できるのです。

このブログをいつも読んで頂いている奇特な方には、超おススメの一冊。
もう私の意見かというくらい、私の日ごろ感じていることをきれいにまとめてあります。平易な言葉で書かれているので、半日ほどで読めるはずです。

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March 14, 2009

宇宙創成/サイモン・シン

Bigbang以前、「フェルマーの最終定理」がとても面白くて、それ以来サイモン・シンというライターは気になっていたのです。
今回の題材はずばり宇宙。それもビッグバンです。(というか、オリジナルタイトルはそのまま"Big Bang"なようです。)
上下巻二冊となかなかヘビーな量ですが、中身が面白くて飽きさせることがありません。

サイモン・シンの書き方の何が面白いかと言うと、一つには理論とともに、それを考え出した人間に注目を当てるという点。新しい登場人物があれば必ず生い立ちを説明するし、その人間性を示すような重要なエピソードを紹介するのです。
それは取って付けたような内容でなくて、なぜ彼らがそのような主張をするに至ったか、という点と密接に結び付けられていて、科学者の伝記とその科学理論が同じ文脈の中にきれいにまとめられています。
もう一つサイモン・シンのすごいところは、どんな最先端の理論であっても、そのエッセンスをうまく救い上げ、誰にでも理解しやすく説明し、その理論の科学史的、社会的な意味をきちんと記述してあること。
それだけで超難解な理論も、ものすごく人間くさい、身近な存在に感じられるから不思議です。学会内での論争もその場の臨場感をちゃんと伝えていて、いささか幼稚な学者同士の小競り合いも余すところ無く紹介してくれます。科学者を決して安易に聖人君子に祭り上げません。

ということで今回はビッグバンなのです。
話はギリシャから始まります。この宇宙の仕組みはどうなっているのか、最初に科学的に論じたのはギリシャの自然哲学者たち。そのとき確立された天動説はその後2000年近くも信じられることになったのです。
コペルニクス、ケプラー、ガリレオとお馴染みの科学者の尽力でようやく人々は地動説を信じるようになります。
その次はアインシュタイン。一般相対性理論で重力の本質がわかり始めると、なぜ宇宙は重量でひと塊にならないのか、という疑問が生じてきたのです。重力と反対の力が何かあるのでは、という疑問が出てきます。
それから宇宙を観測するための巨大望遠鏡に大きな貢献を成した人たち、各天文台で重要な観測を人たちがたくさん紹介されつつ、その結果の積み重ねが銀河や宇宙のサイズなどを次々明かしていきます。
そして宇宙が膨張しているのでは、という観測結果から、ビッグバンという考えが浮上します。それにまつわるたくさんの理論と論争、そしてそれを裏付けるための観測。今でもビッグバンを否定している学者もいますが、そうした積み重ねの結果、現在ではビッグバンが宇宙論の基本的な理論となりつつあるところまでが語られます。
科学好き、理系人間の方にはサイモン・シンの著書はおススメです。

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January 26, 2009

予想どおりに不合理/ダン・アリエリー

Irrational行動経済学という学問があるのだそうです。
この本を読む限り、限りなく心理学に近いのですが、それが経済的行動と結びついているのがポイント。この本では、人々が経済的に見れば不合理なのに、ついついそうしてしまういろいろな行動を紹介しています。そういった人々の行動はまさに予想通りの行動ということで、「予想どおりに不合理(Predictably Irrational)」というタイトルとなっているのです。

例えば、ある雑誌の定期購読の選択肢が次の三つあったとします。
1)ウェブ版だけの購読(59ドル)
2)印刷版だけの購読(125ドル)
3)印刷版とウェブ版のセット購読(125ドル)
この選択肢で多くの人は3)を選ぶのだそうです。ぱっと見ると、2)と3)では同じ値段なので、3)がお得なのは間違いありません。
冷静に考えると、別にウェブ版だけで構わないのかもしれないのですが、この三つの選択肢では3)がとてもお得なように感じてしまいます。
このとき、2)の選択肢は人々を3)に誘導するためのいわば「おとり」なのです。
このように人は、比べるものがあると良いほうに惹かれてしまいます。この気持ちを利用すると、人の選択を操作することがある程度可能になるのです。

上の話はこの本の冒頭のエピソード。これで私はかなり引き込まれました。
この後も、ある価値観が記憶に残っているとそれに影響される話、「無料」というだけで不合理な選択をしてしまうという話、ボランティアだと進んでするのに報酬をもらうとやる気を失う話、自分の持っているものを過大評価してしまう話、価格でモノの価値まで判断してしまう話・・・などなど、興味深い内容が盛りだくさん。
これだけのことに注意していれば、自分も合理的な消費行動ができると思うけど、そりゃやはり無理です。だって人間だもの。
逆に言えば、こういった人間の特性を理解して商売すれば、結構儲かるかもしれない、という気にもなります。

いずれにしろ、自分ではモノの価値を自分なりの価値観で正しく合理的に判断しているつもりでも、実は、提示のされ方、値段、付随するサービス、イメージ、その他もろもろの条件で、その判断は簡単に変わってしまうということを理解するのは大事なことかもしれませんね。

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January 04, 2009

ユリイカ総特集 初音ミク

Miku詩の文芸誌であるユリイカが、何と「初音ミク」の総特集ということで2008年12月臨時増刊号を出しました。そう言えば、以前ユリイカの総特集を買ったのは、矢川澄子さんのときでしたっけ(2002年10月発行)。
DTMマガジンとかが「初音ミク」特集を組めば、それはもうソフトの使い方とか、歌わせるためのテクニック、といった内容になるわけですが、当然文芸誌が特集を組めば、その内容は全く変わります。
1年半ほど前に発売されたボーカロイド「初音ミク」が、その後ネットや音楽業界にどのような影響を与えたか、そしてそれが現代の社会的な流れとどういう関係にあるのか、そういうことを様々な識者が語っているわけです。
切り込み方は多種多様で、どれもが社会的、文化的視点を持っているから、今時の芸術潮流を俯瞰できるという意味でも、非常に面白い一冊。紅白で見たパフュームの口パク・ロボ声歌唱なんかも、ボーカロイドブームとシンクロしているように思いました。

ちなみに初音ミクにクラシックの声楽曲を歌わせることを「ミクラシック」とか「ボカロクラシカ」とか言うらしく、この本で紹介されている楽曲をニコニコ動画で聴いてみて、こりゃ面白い!と思いました。マタイ受難曲全曲製作に挑戦しているつわものもいます。
もちろん、その音楽にクラシック音楽の精神など求めてはいけません。しかし、そこには高度な音楽性と、センスあるパロディ精神に溢れた新たな芸術の種を感じます。
その雰囲気をうまく言い表している「ミクラシック」の記事に書かれている内容をちょっと長いけど引用。

初音ミクの声はデータベース化された人間の声が組み込まれているとはいえ、本質的に機械的なアンドロイドの声である。それは声であると同時に楽器でもある。そしてその特性は特にノンビブラートの長音やトリルにおいて効果を発する。最近は復古的演奏の隆盛にともないバッハの合唱曲などはノンビブラートで歌われることが多いが、それでも人間が歌う以上そこに音の揺れはどうしても入ってくる。ところがミクが歌う『マタイ』のコラールは、人間には不可能な有無を言わせぬ機械的なノンビブラートによってこの限界を容易に超え、衝撃的なまでの非情な透明さを実現する。
日本人のアニメソングの歌手がそのままの声で『マタイ』を歌うことはほとんど物理的にあり得ないことだが、そのあり得ない超人間的なことをミクは成し遂げる。そしてその一方意外なところで弱点や稚拙さをさらけ出しもする。「萌え」はこの未熟さから発生する。『マタイ』でも特にレシタティーヴ、それもイエスの語る場面においてその「どいちゅ語」は遺憾なく威力を発揮する。原曲ではバスが歌うイエスのパートを、ミクが低音で歌うだけでも異化効果は十分であり、人間が歌えば大いに感情が籠もるはずの最後の晩餐のシーンも明るくあっけらかんと流される。
しかしそもそも二十世紀後半から現在に至るクラシック音楽演奏の主潮流は、感情過多のロマン主義的表現を排除し即物的な表現に徹することを理想としてきたのであり、そこから見ればミクの『マタイ』もそれほど奇矯であるわけではない。実際これだけ異化しながら、バッハの音楽そのものは全く損なわれていないのは見事である。

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December 07, 2008

シャングリ・ラ/池上永一

Syanテンペストを読み終わってから、池上永一の他の小説を読んでみようと思い、前作のこれも大作である「シャングリ・ラ」を読みました。
舞台は50年後の東京。温暖化の影響で熱帯化しつつある東京に作られ続ける空中積層都市「アトラス」。反政府ゲリラのリーダー國子を中心に、森林化政策を進める政府との戦いを描いた長編小説。ありていに言えば、SFですね。

一見重厚な内容かと思いきや、雰囲気はほとんどラノベ。テンペストもそうだけど、主人公はスーパー美少女。後半のドタバタはもはや何でもあり。どんだけやられても、なかなか死なないとか、もう死んだと思ってたのに助かってたりとか。まるで、小学生向けアニメ的な匂いを醸し出しています。それでも細かい描写に無駄に薀蓄が詰め込まれていたりするあたりが、ファンタジーノベル作家の面目躍如と言ったところでしょうか。
ちなみに、帯にも書いてありますが、2009年テレビアニメ化決定だそうです。どこまで子供向けにするか、微妙なところではあります。(國子の同士は、スタイル抜群のニューハーフという設定だし)

個性的なキャラを作って自由に、はちゃめちゃに遊ばしている、というような書かれ方なので、ストーリー展開そのものが技巧的というわけではありません。
それより、私はこの小説の世界観の設定に感心しました。経済は排出炭素ベースに変わり、そのマネーゲームの描写が執拗に描かれます。それを読んでいると最近のデイトレーダーの株取引を想起します。この設定を考えるだけで、筆者はかなりの経済マニアじゃないかと思ってしまいます。
それから、積層都市アトラスの発想も面白い。下から第一層、第二層・・・と都市が段重ねで作られた建造物。自重に耐えられるように、材料は全て炭素材で出来ているという設定。一つの層だけで数百メートルの高さがあり、上の層に行くとかなりの高度になるので温度は低くなります。物語ではまだ建設中という設定だけれど、最終的に十三層まで作られる予定。
こういった科学的、政治経済的、社会的設定のアイデアが面白くて、それだけでも一読の価値はあるかもしれません。来年、放映するアニメを見るかは定かではありませんが。

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October 04, 2008

テンペスト/池上永一

Temp久しぶりに寝る間も惜しんで読みたいほどの面白い本。
上下二巻、計900ページの長編で、本も分厚く、購入直後はちょっとひるみましたが、読み始めるとほんとに止まらない。まさに帯に書いてあるとおりの「ノンストップ人生劇場」「ジェットコースター王朝絵巻」を堪能しました。

琉球王朝の最後の時代(明治維新前後)の王宮が舞台。女子禁制の政治の場に宦官と偽り、入り込んだ女性、真鶴の生涯が描かれます。
何がすごいって、次から次へと起こる事件や出来事の数々。これだけの長編小説であるにも関わらず、すごいテンポで事が進みます。いくら王宮という陰謀や嫉妬渦巻く場所とはいえ、これだけのことを本当に一人の人間が体験するのは不可能といえるくらい。これらの事件にドキドキハラハラしながら、ページをめくる指が止まりません。

話の設定だけ聞くと重厚なストーリーを想像するかもしれませんが、文体は非常に軽く、表現方法も今風。どちらかというとアニメ的なキャラ萌え小説と言えるかも。
この小説の特設ページがあるのですが、これを見ると、この小説の雰囲気がわかってもらえるかと思います。
何しろ面白い。史実をベースにしながらも、自由なファンタジーとして読むことができます。あるいは、大人の童話とでも言いましょうか。
大人の童話というからにはエロも手加減の無い残酷さもありますが、それ以上に知識欲を刺激させてくれる小説でもあります。沖縄という場所がこのような微妙な歴史を持っていた、というのはこの本を読んで始めて知りました。

ラストはそれほど大仰ではなかったけれど、なんだかとても泣けたのでした。

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August 11, 2008

スティーブ・ジョブズ 神の交渉力

JobsAppleのCEOであるスティーブジョブズの生き様を紹介した本。いちおう、ビジネス書とか、リーダー論的な論旨にはなっているものの、あまりのジョブズの性格の無茶苦茶ぶりに、どう書いても彼個人の奇行歴にしかなっていません。
これまで、Apple製品の洗練されたセンスにはスティーブジョブズの大きな影響があると書きました
そもそも、Appleなどという大企業において、CEOとはいえたった一個人の影響力がそこまで商品の隅々まで及ぶのか、という疑問を持つ人もいると思います。もちろん、普通の人間だったらそれは無理でしょう。世のたいていの会社は、社長が変わったくらいで、製品の洗練度が変わるなんてことは無いのです。
しかし、スティーブジョブズならそれが可能なのです。それはこの本を読んで痛いほどわかってきます。

正直、一消費者としてはApple製品の洗練度に感銘することはあっても、ジョブズを個人崇拝の対象にするにはためらわれます。
あまりに、人間として酷すぎます。何が酷いかは、本を読めばわかるけれど、しかしだからこそ、多くの才能ある人間を従えてあれほどの製品群を作れるのだということがわかるのです。彼らも、どんなに無理な要求でも、ジョブズの元にいるからこそ、世界を動かす仕事ができる、という気持ちがあるからこそやっていけるのでしょう。
作曲家で言えばワーグナーみたいな人なのかなあ、と思ったりします。借金を踏み倒したり、人の奥さんを横取りしたりする一方、自分の曲を演奏するための劇場を作らせるほどの辣腕ぶり。ワーグナー好き、いわゆるワグネリアンは、こういった行動力に憧れている人も多いのではないでしょうか。

これを読んで、スティーブジョブズは絶対日本には現れないだろうなあと感じました。
このような個人がプロジェクトを率いればみんな造反するだろうし、上のほうも難癖をつけて重要な仕事をさせないでしょう。だいたい、日本では苛烈な独裁者はたいてい暗殺されてしまうのです(織田信長とか、井伊直弼とか)。

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