May 05, 2009

スラムドッグ$ミリオネラ

アカデミー賞受賞作。やや社会派的な内容ぽかったのでそれほど食指は動かなかったのだけど、GWの暇に耐えきれず見てみることに。
結果的には、やはり社会派なのだけど、必ずしも重く暗い雰囲気ではないし、シリアスな内容と共にそれを吹き飛ばそうとするくらいのパワーと前向きさを持った、不思議な映画でした。

何と言っても、ストーリーの基本的プロットが面白い。無学なスラム育ちの青年がミリオネラに出演して、次々に難しいクイズを解いていきます。そのクイズの内容とリンクさせながら彼の生立ちを語っていくうちに、その厳しい現実が彼にクイズの解答を与えていたということが次第に明らかになります。
もちろん、所詮フィクションですから、偶然彼の生涯に関係あるクイズばかりが出るなんてことはあり得ないわけですが、それでも無学な人間がクイズを次々解いていくという爽快さ、皮肉さ、というのが、この映画の面白さの真骨頂なのでしょう。
これだけの厳しい少年期を過ごしてきた主人公ジャマールなのだけど、彼を突き動かしてきたのは愚直なまでの一途な恋愛感情、というのも、深刻な物語をシンプルな気持ちよさに見せかけているのだと思います。

しかし、この映画に描かれるインドのスラムの実態というのは、日本人にはやや残酷に過ぎ、こういった映画は日本では流行らないだろうなあとも思います。子供を物乞いさせるために、わざと不具ものにするシーンなど、直視できない痛ましさです。そして彼の周りの人間も、暴力で次々死んでいく。
経済成長するインドの中でこういった貧民たちの裏社会が存在していることを、声高に主張すること無く、この映画の中で淡々と描写します。
それにしても映画全体がそれほどシリアスにならないのは、スピード感、テンポ感溢れたてきぱきとした進行、映像とリンクしたビート感ある音楽、躍動感溢れるカメラアングルなど、映画の細かい点での技術のおかげ。やけに追跡シーン、逃走シーンも多いし、それがこの監督の持ち味なのかもしれません。
ややシニカルで辛辣な映像作りもアメリカ的正義感とはちょっと違っていて、私にはちょっぴり小気味良く感じました。

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March 09, 2009

ジェネラル・ルージュの凱旋

海堂尊の田口・白鳥シリーズの映画化第二弾を観ました。原作は未読。
あんまり期待してなかったのだけど、なかなか良い映画でした。医療現場のリアルな状況とか、病院経営の問題だとか、その中で生じる人間関係とか、もちろん現実社会より刺激的な人々ばかりだけど、細部が良く練られていてリアリティがあります。
製薬会社の営業担当の腰の低い感じとか、平気で大きな音を出すような無神経な医者とか、あるある的な人物造形もなにげに感心。
しかし何と言っても、この映画の気持ち良さは救急医療センター長の速水を演じた堺雅人の演技によるのかなと思いました。
敵が多い一匹狼。傲慢だけど子供っぽさを持ち、冷徹な判断を瞬時に下し、ひねくれた物の言い方をするくせに一本筋の通った信念を貫こうとしている。クールで力強いキャラは無茶苦茶カッコいいです。
会社のような組織にいると、こういった信念を持って頭の固いお偉方と対決できる破天荒なキャラに憧れます。でも実際には会社にこんな人がいると困っちゃうってのも現実。
そういうサラリーマンのヒーロー像を描いてくれた、というだけでこの映画を観た甲斐がありました。

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February 22, 2009

7つの贈り物

主人公の行動に賛否が分かれるという点で話題になっている映画「7つの贈り物」を観ました。
全体的に説明を省き、主人公の行動の意味が後半になってだんだん明らかになるような構成を取っているため、前半ではなかなか内容の意味をつかみ取るのが難しく、少々いらだちます。
もちろんそれは脚本の意図であり、終盤で問答無用の感動を誘うため恐らくそのような流れになっているのでしょう。確かに、事実が分かった後には泣けてくるシーンも多々あるのだけれど、映画を観終わった後でいろいろと疑問が沸いてきたのは確か。以下、若干のネタばれになります。

そこまでして人を助ける・・・というのが、終盤での感動に繋がるのだけど、よく考えると、その行動はあまりにエキセントリック。もし現実にそのような行為をする人がいたら、助かった人々は無条件で喜べるでしょうか。そこがまず疑問。
逆に究極の人助けが重荷に感じてしまうだろうし、結果的に助けられた人が精神的にも幸せになれたとは言えない可能性もあります。
それから目的の達成のためにとった手段がいささか強引。法を犯し、兄弟友人に迷惑をかけてまで行うことが善行と言えるのか。敢えてそのようなシーンを入れたということは、製作者自体が「あなたはどう思いますか」という提起を観客に与えていると邪推してしまいます。
善い行いをする、という目的を厳格に遂行する、という力強い意思は賞賛されるべきなのでしょうか。そういうところはある意味、米国的な価値観なのかもしれないと思ったりします。
日本人なら、善い行いというのは行動の優しさという態度にも現れる感じがあって、冷徹に事を進める人物像になかなか共感を得るのは難しいでしょう。
自分の善行の対象になる人を審査するような、上から目線、みたいな感じも気になります。あんた何様よ、みたいな。
そんなわけで、個人的には必ずしも主人公の行動には納得しないものの、この映画が提起したある種の米国的価値観について考えるには興味深い題材なのかもしれません。

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February 07, 2009

ベンジャミン・バトン 数奇な人生

ブラピ主演で、アカデミー賞に13部門でノミネートされているということで話題になっている映画。
内容は、年を取るほど若返ってしまう奇妙な男の人生を描いたもの。設定だけみると、非現実的な設定でSFぽかったり、ファンタジーっぽい雰囲気を想像してしまうけれど、これは完璧な人間ドラマ。人の生死を正面から扱い、人は一生かけて何をなすべきか、といった人生論めいた問題を観る人に投げかけます。

基本的には、主人公のベンジャミンとデイジーの恋愛が軸にストーリは展開されます。
幼い頃に出会った二人。デイジーは好奇心おう盛なかわいい女の子。でも、ベンジャミンは子供にして老人の風貌。それから二人は成長して、デイジーはバレエダンサーに、ベンジャミンは初老の男になりこの辺りから二人は意識し合います。
30代頃二人の年齢が最も近づいたとき、二人は一緒に暮らすようになり、幸せに満ちた生活を送るのですが、子供をもうけた後、益々若返る自分には父親の資格が無くなると思いベンジャミンは苦悩することになります。
この間、母親代わりとしてベンジャミンを育てた老人施設を切り盛りする女性、老人施設内の死にゆく老人たち、ピグミー族の男、ベンジャミンの生みの父親、船乗りの船長、ロシアの外交官の人妻、などなど多くの人たちがベンジャミンと関わり合い、そして別れていきます。一つ一つのエピソードが秀逸で、泣けるシーンが盛りだくさん。水泳で海峡を渡った老女がテレビに出るシーン、あの伏線がこういう形で解決されるのに思わず感動。
何しろ一生をそのまま描いたので、映画もたいへんな長尺です(2時間40分ほど)。

もう一つの見所は、老人から最後は子供にまで至る特殊メイク。デイジーも最後はおばあさんまで同じ人がこなしているのだけど、最近の特殊メイクってもうほとんどわからないですね。とても自然で、同じ人間がちゃんと年齢を重ねたように見えます。そういった細かいリアリティが、この物語の感動をより強めることになっているのだと思います。
何しろ、年を取ると若返る、という設定で、これだけの感動ドラマを作り上げたそのクリエイティビティは賞賛に値すると感じました。

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December 30, 2008

今年劇場で見た映画08篇

気がつくと、今年は随分たくさんの映画を観てしまいました。これじゃ何だか映画オタクみたいですね〜。でも来年はいろいろと忙しいので、今年ほどは観ないはず。
ということで今年も、私が劇場で観た映画を紹介します。

魍魎の匣
ナショナルトレジャー
AVP2
シルク
スウィーニートッド
歓喜の歌
チームバチスタの栄光
パンズラビリンス
ジャンパー
うた魂
フィクサー
紀元前一万年
ラフマニノフ~ある愛の調べ
ミスト
ラスベガスをぶっつぶせ
人のセックスを笑うな
ザ・マジックアワー
インディ・ジョーンズ
アフタースクール
ぐるりのこと
ハムナプトラ3
ダークナイト
デトロイトメタルシティ
20世紀少年
グーグーだって猫である
ウォンテッド
アキレスと亀
アイアンマン
容疑者Xの献身
イーグルアイ
幻の邪馬台国
レッドクリフPart1
ハッピーフライト
1408号室
おくりびと
K-20怪人二十面相・伝

今年、私が面白いと思った映画は、パンズラビリンス、ダークナイト、アイアンマンといったところでしょうか。

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December 20, 2008

K-20 怪人二十面相・伝

アメリカ映画のヒーローものと言えば、スーパーマン、スパイダーマン、バットマン、最近ならアイアンマンといった、たくさんの面白い映画があるわけですが、なかなか邦画ではその系統の映画がありません。このK-20は、そういう状況に真正面から挑戦した映画と言えるでしょう。
時代や社会状況などの舞台設定はなかなかいいと思います。全体的なストーリーも思いのほか練られています。ヒーローものの定石である、ヒーローになるまでの訓練シーンとかも、いい感じだと思いました。この手の映画のポイントであるガジェットへのこだわりなんかも、結構気に入りました。

ただ、各シーンの台詞のやり取りがどうにも甘いのです。
最近の邦画の面白さに比べると、正直質は低い感じ。ちょっとひねりの利いたギャグの後で、「このギャグの面白さはねぇ」といって丁寧に説明されているようなダササが各所にあって、もっとスマートに説明をさばけないものかと思います。役者の演技も、意図の強調具合がいささか過剰。
特に最後のシーン、思いがけない展開があるのだけど(予期出来ないでもないが)、その後に「実は、あれは○○だったのさ」みたいな説明をされると、小学生向けヒーローもののような幼稚さを感じずにはいられません。

いい意味でアメリカヒーローものの影響を受けていて(冒頭のタイトルロールはスパイダーマンのマネ?)、こういったジャンルも洗練されつつありますが、もう少しディテールに拘ると人間ドラマに深みが出てくるし、その結果シリーズの独自性も生まれてくるのではないでしょうか。
もしかしたら続編もあるかもしれないですね。

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November 09, 2008

レッドクリフ Part1

話題の大作映画、レッドクリフを観ました。
三国志の「赤壁の戦い」を映画化したもの。ジョンウー監督、トニーレオン、金城武など俳優陣も豪華。
私は三国志は全く詳しくないものの、映画の最初に時代背景の説明があったり、そもそも映画の人物造形が比較的分かり易くしてあったため、全体的には非常に明快な内容です。恐らく、事前知識必要なしで観れます。

続編が来年四月にあり、本当の「赤壁の戦い」はそっちで描かれることになります。今回は、さあ戦いだ!というところですっぱり終わります。そういう意味ではこの映画単体では、映画にはなっていないと言えるかも。
しかし、三国志全体が持つ雰囲気とか、各武将たちのキャラクターなどがうまく表現されていて、何となく親近感を感ずることが出来ました。どちらかというと、正確な歴史考証よりも、エンターテインメントを優先している感はありましたけど。

特にそれを感じたのは音楽。
登場人物が笛を吹いたり、琴を弾いたりするシーン。いずれも2〜3世紀の中国とはとても思えない現代的な音楽が鳴っていて、いやあ、こりゃ大胆だなあ、と感じました。
笛のメロディなんて完全に西洋音階の今どきの旋律だし、琴を弾くシーンなんか、フラメンコギターとかチョッパーベースを弾いてるみたいな激しさ。いやまあ、そこに正確な時代考証を求めるわけじゃないですが・・・。
ちなみにこの映画の音楽は、岩代太郎だそうです。

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September 21, 2008

アキレスと亀

北野武監督モノの映画は、実は今まで全然観たことが無かったのですが、今回は「売れない(自称)芸術家」の話ということで、身につまされる思いでついつい見に行ってしまいました。
ただ、ここで書く内容としてはめずらしく批判的です。
シリアスともギャグともつかない表現は、ビートたけしの漫才にも通じる世界を感じて今ひとつ感心せず(作中の絵と、ビートたけしの顔のペインティングと感性が通じていたり)。今回は主人公の画家を少年、青年、中年と三人の役者が演じているのだけど、その三つの繋がりにも違和感があります。
個人的には青年のエピソードが最も(自分には)痛々しくて、興味深かったのですが、少年、中年の部は今ひとつ。
特に少年時のストーリーは富豪のお坊ちゃまからいじわるな叔父の元で暮らすはめになる転落人生を描いているのだけど、その表現が全体的にチープに感じてしまいました。出てくるキャラがいかにも、という感じで逆にリアリティを感じないというか・・・。このようなありがちな設定にするのなら、少年期はもっと尺を縮めてしまった方がバランスが取れるような気がします。
青年期は芸術仲間との思索の日々が描かれているのだけれど、やっていることの真剣さとバカバカしさの対比がうまく、そこから生じる悲劇と仲間に生じる精神的衝撃の表現がグサリときます。
ところが、中年で監督自身が主人公を演ずるようになると、話がだいぶふざけ始めます。それまで芸術一途だった人生だったはずなのに、画商の一言に影響を受けすぎるのはおかしいでしょう。自分を信じる気持ちがあるからこそ、その年まで売れない芸術に身を投じてきたはずなのですから。

北野監督の映画が特にヨーロッパで人気の高い理由の一つとして、死の表現方法というのがあるのだと思います。確かに、人の死に対して日本の映画は優しすぎて、そこに生温さを感じることは確か。アメリカ映画でさえ、情を抜きにして死を語ることは難しいのです。
それに比べると、ヨーロッパ映画の方が、あるいはヨーロッパの芸術全般が、表現の一つの極致として倫理の一線を踏み越えようとするベクトルが強いように感じます。
そういう意味では北野武の死の表現は、情を廃した上で、徹底的に死を記号化しているように感じました。今回の映画では、芸術に身を捧げるあまり、陰惨な場も、死体でさえも、デッサンの対象になるという倫理規範の危うさを表現しています。なるほど、こういう表現は(目を背ける人は多いけれども)独特の感性を感じて感心しました。
死の記号化、という点では、邦画では中島哲也監督の「嫌われ松子の一生」なんかを思い出しました。

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August 12, 2008

ダークナイト

ノーラン監督によるバットマンのシリーズ二作目の映画を観ました。ちなみに一作目は渡辺謙が出ていた「バットマンビギンズ」。
ダークナイトのナイトっていうのはknightの方で、バットマン自身が「暗黒の騎士」だという意味。
この映画、アメリカではかなりのヒットだったそうですが、日本では恐らくあまりに世界観がダークすぎて受け入れられないのではないでしょうか。
ダークというのは、単にならず者が現れてドンパチをやっている、というような意味ではなくて、悪とは何か、正義とは何か、を捉え直しながら、勧善懲悪というアメリカが好きな価値観をわざと揺るがせようとしている製作側の態度から来ているように思えます。

悪役のジョーカーは、バットマンがいるからこそ自分の存在意義がある、と言い放ちます。全ての物事は二面性を持っている。悪があるからこそ正義も生まれる、そして正義を通そうとするからこそ悪も生まれるという矛盾をあぶり出すのです。今のアメリカの状況に対する辛辣な告発ともとれます。
その結果、正義であることの苦悩を表現するために、この映画は爽快なヒーロー映画では考えられないストーリ展開となります。重要人物がことごとくジョーカーの手にかかって殺され、善人さえ悪人に変わり、信頼していた周辺の人々も裏切りをしていく。信じられる物が無くなるくらい、観ている者の倫理観を侵していきます。

ジョーカーという人格の不気味さも際立っていますし、もちろん派手なアクションシーン、爆発シーンなど激しいシーンも盛りだくさん。2時間半近いかなり長い映画ですが、ジョーカーの執拗な攻撃の連続に息つく暇も無く見せた映画の流れも見事でした。
"Why so serious?" シリアスにならざるを得ない流れを嘲笑うようなジョーカーの名台詞です。

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July 24, 2008

運命じゃない人

アフタースクールを観た後、この監督の作品が気になって、前作のデビュー作「運命じゃない人」をDVDで鑑賞。
これまた、むちゃくちゃ面白い映画でした。トリッキーで技巧的な構成はこの監督のトレードマークなのですね。涙を流しながら笑いつつも、一つ一つのネタの仕込み方、全体の辻褄のあわせ方に唸らされてばかり。かなり低予算で作られたようですが、脚本の良さと演技の面白さでここまでのクオリティの映画が出来ること自体、日本映画では奇跡的ではないかと思ってしまいます。

ストーリーを紹介しようと思うのだけど、これが難しい。最初はほのぼの恋愛映画かと思わせつつ、中盤からやくざとか出てきて一気にきな臭くなってきます。
構造的には、このストーリーは全部で三つの部分に分かれます。各部分は、全てある一晩の出来事を語っているのだけど、それぞれ別の人物の視点で同じ時間が三回なぞられるのです。
だから、全く同じシーンが何回か現れます。ただ、同じシーンなのに違う人の視点で見ると、全く違う様相を帯びてきます。三人目の部分になると、「えー、あのときあそこで・・・だったの!」とか、「実はこのとき・・・だったんだ」とか驚きの連続。
もう、技巧的の一言。わりと無名な役者ばかりなんだけど、それぞれの演技がまたうまい。そう思わせるだけのリアルな脚本なのかもしれません。

どうも、私はこういった練りに練った技巧的で、細かいところまで辻褄が合っている論理性をベースに持っている作品とかが好きなんですね。だけど、そういう作品って、技術的なだけでなく、気持ちの落としどころとか、ちょっと心に残る部分とか、情緒的な部分も決しておざなりにはしていないように思うのです。

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July 10, 2008

アフタースクール

内田けんじ監督の非常にトリッキーなストーリーを持った映画を観ました。
基本的に途中からのどんでん返しがこの映画の魅力なので、ネタバレを書いてしまうわけにはいきませんが、本当に騙されました。これは面白い。
映画だからこそできるトリックです。この系譜としては、「シックスセンス」なんかが代表的ですが、あれはあくまで最後でのどんでん返し。ストーリの中盤から、あれ、あれ、どうなってるのー?と何度も頭を捻らせながら観るのは新鮮な体験。しかも、後々考えてみると、前半の仕掛けに思わず唸らされてしまいます。

最近、邦画でも脚本がしっかりしていて、さらに観る者を驚かせるような作家性の高い映画が増えてきました。三谷幸喜モノはもちろんのこと、去年の「キサラギ」なんかもそういった感じの映画。
ようやくハリウッド映画の面白さに近づいてきた感じです。もちろん、未だにぐだぐだな脚本なのにアイドルを使ってヒットしてしまう映画もたくさんありますけど、こういった映画が注目を集めるようになって嬉しい限り。

芸術性というと、どうしてもシリアスさや格調高さ(文芸風というような)に向かいがちだけど、エンターテインメントを極めながら練りに練った技巧的な内容で楽しませることも芸術性の一つとして評価されるべきだと私は思います。

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June 17, 2008

ザ・マジックアワー

テレビで激しく宣伝している三谷幸喜監督の最新映画。前回の三谷作品の感想はコチラ
相変わらずの笑いのセンスに、今回も涙を流しながら笑っていました。本当に楽しめます。これがフジテレビ製作ってのがクヤシいくらいです。

三谷作品の場合、やはりどうしても芸術論的な話をしたくなってしまいます。
というのは、本質的に日本の芸術に欠けているものをこの人はふんだんに持っているような気がするからです。
今回は、特にその人工的とも言える世界観が非常に印象に残りました。時代設定もあやふやにしてしまうようなレトロな街並み。そこにいる人たちも、衣装や雰囲気がレトロ。だけど、時代背景はやはり現代なんですね。
古きギャングの話にリアリティを持たせるために、セットや美術まで含めて全部ゼロから作り上げてしまう、そういう細部にわたる世界観をきちんと作り上げるだけの溢れんばかりのクリエイティヴィティがあります。今の日本の映画では本当に珍しいことです。

思うに、三谷幸喜の凄さというのは「想像力の正確さ」なのだと思います。
誰しも学生時代などにちょっとした寸劇をやったり、舞台で何か踊ったりしたような経験があると思います。演出などを自分たちで考えていると、そのときはスゴいいいアイデアだと思ったのに、いざやってみると、かなりすべっていたり、あまり評判が良くなかったり・・・。なんか、合唱団のサムい演出を思い出してしまいます・・・。

モノを作り上げる、創造する、という行為には、作り上げたらどうなるのかと「想像」することがどうしても必要です。頭の中で思い描いた「想像」が独りよがりのものでなく、誰が見ても納得できるようなものになっていたか、そして製作側が意図していた通りに受け取ってもらえたのかが大事なのであり、そこまできちんと製作段階で読み切る想像力こそが、クリエーターとしての重要な資質に思えます。
そういう意味で、この映画、非常に複雑なシチュエーションが設定され、その虚構の中で繰り広げられる台詞の一つ一つが非常に精度が高く練られていて、その想像力に舌を巻きます。思いもよらぬ展開に観客はただただ三谷的想像力ワールドのジェットコースターに乗って振り回され続けます。
卓越した人間観察力、そして事態の先を読む力、それがこの想像力の正確さをより高めています。
想像するだけなら誰でも出来る。問題はその正確さ、質の高さということなのです。

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May 06, 2008

ラフマニノフ ある愛の調べ

ラフマニノフと彼に関わる女性を描いたロシア映画を見ました。
これまであまり馴染みのなかったラフマニノフという作曲家について、見終わったあと、かなり興味を抱くようになりました。何といっても、彼の作り出すメロディは美しい。生きている時代からすると、その作風の保守性ばかりが指摘されがちだけれど、後世に残るメロディを作れるというのはそれだけで類まれなる才能だと思えます。

内容としては、ラフマニノフを愛する妻のナターシャが、いかなるときもラフマニノフを支え続けたその献身的な姿を描いています。時には他の女性に心を移してしまうことさえ許しつつ、気が付けば彼女のところに戻って来ざるを得ない母のような包容力は、(男性から見れば)ある種理想の女性像なのかもしれません。
映画で表現されるラフマニノフは、恐らく実際とそう違わないのかもしれないけど、神経質で小心者で、それでいて喜怒哀楽が激しく、強い主張で周りを翻弄し、絶えず追い詰められた切迫感の中で生きているといった性格。こういったいかにも芸術家肌的な男性に、母性本能をくすぐられるという側面もあるのでしょう。しかしそれも献身的な愛を捧げる価値があるほど、彼の紡ぎだす芸術は神聖かつ比類ないものだという芸術至上主義があってこその行動です。
まあ、ラフマニノフは(後から見れば)十分スゴイ芸術家なので許されますが、売れもしない芸術家の才能を信じて一生を捧げるというのは、世間的感覚から言えばかなりリスキーで、もしそんな人がいるのならイタい女性と思われるのがオチかも。

ロシア映画ということもあり、20世紀初頭の雰囲気を出すのに昔の映像を使ったのは恐らく撮影が難しかったからでしょう。ハリウッドなら金かけてそういう映像を作っちゃうだろうし。また、アメリカ舞台でもみんなロシア語をしゃべっているとか、まあそういった辺りはそれほどシビアには作っていない感じもします。
その一方、師匠との決別とか、精神科医との交流とか、スタインウェイ社の商業主義への反発とか、史実をうまく織り込んであるのは伝記的映画として面白く見ることができます。
またラフマニノフの言動とか、一家のゴタゴタの描写とか、そういう人物描写は妙にリアルで、演技の良さもなかなかのもの。ラストもさりげない家庭の一コマなのに感動しました。

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April 10, 2008

うた魂

正直、ありがちな青春&根性&人情モノだと思い、最初から期待はしていなかったのですが、何かしら義務感のようなものにせき立てられて、結局この映画、見ることにしたのです。

しかし、過剰な期待がなかったせいか、想像以上に面白かったです。全体に漂うB級感、シュールでファンキーなギャグや演出など、予想外の可笑しさ。
しかしそれ以上に驚いたのは、「合唱」の本質について、映画の中でかなり突っ込もうとしていたこと。
不良少年の権藤が主人公に対して説教するくだり「テクニックとかではなくて、歌にとって一番大切なことは何か?」
もし、この答えが「心」とか言うのだったら、私は大変幻滅したことでしょう。そんな予定調和な答えこそ、嘘っぽさ、安っぽさを感じさせてしまうのです。
彼の言ったことはスゴイ。
「フルチンになることだ!」
つまり、飾りを脱ぎ捨てて、裸の自分を見てもらう覚悟を持て、ということ。なかなか深い言葉じゃないですか!

そんなわけで随所に、なかなか感心するようなセリフが散りばめられてます。ストーリは結局、合唱コンクールの最後の舞台で終わるという、ある種ありがちなパターンではあるものの、映画製作者が伝えたかった想いはかなり明瞭に伝わってきました。
全般的には、合唱がかなり自虐的に扱われていて、個人的にはヒット。でも嫌う人もいるかも。
どんなにダサくても、でもやっぱり合唱っていいよね、と最後に思わせるってのは、この映画の力量だと思いました。

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February 11, 2008

歓喜の歌

噂の合唱映画です。
とはいえ、主役はどうも音楽や合唱ではなくて、どちらかというと典型的な市井の人々の人情物語ともいうべき映画。
原作は落語なんだそうです。確かにこの映画を貫いている価値観は落語のそれ、なのだと思います。笑いあり、涙あり、最後はみんながそれぞれに幸せになって終わるという、まあ最初からストーリーはわかりきってはいるものの、やはり日本人としてはこういう話が安心して観られます。

もともとこの話のテーマは、いわゆるお役所仕事、と言われるような融通の利かない、公務員の仕事を皮肉ったもの。市民ホールに勤める小林薫扮する主人公のテキトーな仕事ぶりが、かなり笑えます。外国人ホステスにお金をつぎ込んで問題を起こし、左遷されたという設定など、なかなかブラックな時事ネタ。
それにしても、時間だからといって、カラオケしているオジサンたちの機材の電源をバチッと切ってしまう、ってのはなかなかすごいですね。そんなことしたら、すごい雰囲気悪くなりそう。
ちなみに、私たちが使っている公民館は、最近、業者に委託されるようになって、逆に融通が利かなくなってしまっているような気がするのだけど。

まあそんな映画なので、音楽の内容に突っ込むのは野暮です。
ママさんコーラス(女声合唱)が第九を演奏会でやるのも、まあ驚きですが、ソロを歌う人がとても上手いとか(あれだけ上手いのに、謙遜していると逆にやな感じ)、第九のドイツ語が妙に訓練されていたりとか、いや全般的には普通のママさんにしては演奏が立派過ぎるのがややリアリティがないなと、思ったりしました。
映画だからしょうがないけど、演奏会に来てくれたお客さんがみんな歌に感動して喜んで帰ったりしている辺り、なんか現実が見えてないような気がして・・・、いやここで言うのが野暮なのはわかってますけど。

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January 26, 2008

スウィーニー・トッド

ティム・バートンのファンとしては、この映画、もちろん見ないわけにはまいりません。
彼については、以前もいろいろと書きました。(コレコレ
今回は、「ビッグフィッシュ」「チャーリーとチョコレート工場」というファミリーでも見れるファンタジーから一転、ダークで陰鬱、血なまぐさい復讐劇に変わります。しかし、いくらストーリーが変わっても、バートン節は健在。いたるところに、ティム・バートン的世界が散りばめられていて、もちろん、いたく感動しました。

今回は何といっても、ミュージカル映画である、ということが大きな特徴。
そもそも「スウィニー・トッド」ってミュージカルとしてすでに有名な作品なのだそうです。今回、映画中に使われた音楽も、その元もとのミュージカルの音楽が使われています。
音楽の特徴は、ポップな感じとは違って、オーケストラによるシンフォニックなサウンドで、曲とセリフの境目が不明瞭な感じが、むしろオペラと言ってもいいような感じになっています。音楽的にはドビュッシーとかのようなフランス的な雰囲気が漂っていて、「ペレアスとメリザンド」でも観たような気分。何度か現れる二重唱なんかも、すごくオペラ的です。
ということで、この映画を一言でいえば、「スプラッターオペラ」という感じか。

スプラッターというからには血が流れまくります。R-15指定です。スウィーニー・トッドは殺人理髪師なのですが、カミソリで容赦なく首がかき切られていきます。結末はかなり衝撃的で、(バートン世界に精通していない)一般な方なら陰鬱な気分で席を立つことになるかも。
しかし、手加減のないファンタジーこそがティム・バートンの真骨頂であり、それをドラマとして割り切りながら、その世界観を堪能するというのがこういった映画の楽しみ方でしょう。

もともとミュージカルということもあり、舞台となる場面がかなり閉鎖的。また、歌でその時々の心情を表現するので、若干映画としてのスピード感は失われています。
ただ、やはり歌の力というのは強いなあ、とあらためて思いました。トッドの娘が囚われの身になっているときに歌う歌にはホロリとさせられました。

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January 06, 2008

年末年始の音楽番組

年末年始に見た、三つの音楽系番組の感想など
個人的に大ヒットだったのは、年末の「いかすバンド天国」略称「イカ天」の特別番組。もう、イカ天ブームも19年前なんですねぇ~。
放送当時、私は入社直後で会社の寮生活をしていたのですが、同期入社のメンツでロックバンドなどをやっていて、土曜の夜には誰かの部屋で「イカ天」を見ていたものです。懐かしい・・・
それに今見ても、音楽も全然古く感じないし、アマチュアの熱さがひしひしと伝わります。何より、音楽におけるオリジナリティとは何か、そういう命題を視聴者に突きつけるような番組だったのだと思います。

次は年末のNHK紅白。
これは、最近の「芸能」世界での音楽状況を知るにはとても良い番組。要は流行の音楽チェックと、歌い手のチェックですね。
今年はテンポ感も良くて、色々工夫していると思いました。
あみんが再結成なんだぁ~とか、各世代にも配慮されているし。

あと、夕べ見た「のだめカンタービレ」。
のだめの話題は前も書きましたね
バカバカしいくらいのキャラの立て方をしている割りに、妙に音楽世界の生々しさが伝わってきて、そのリアルさに、ついつい引き込まれます。内容も何となく嘘っぽくない感じが良い。
プロフェッショナルな現場だから当然だとしても、音楽演奏には必要な知識習得だとか、分析だとか、そういう工程があって、でもやっぱり最後には奏者のクリエイティビティがあって、という厳しい現実をきちんと描いています。
でも、アマチュアの世界では、そういうのが小賢しく思われていて、どうしても向上心が変な方向に向かっちゃうんだよね・・・。

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December 29, 2007

今年劇場で見た映画07篇

今年の締めくくりに、映画館で見た映画を全部ご紹介。
去年の一覧はこちら

・007 カジノロワイヤル
・マリーアントワネット
さくらん
パフューム
・ハンニバルライジング
バベル
ラブソングができるまで
スパイダーマン3
ユメ十夜
・プレステージ
300
ボルベール
・トランスフォーマー
呪怨 パンデミック
・デスプルーフinグラインドハウス
・ショートバス
ヱヴァンゲリヲン新劇場版
・プラネットテラーinグラインドハウス
・インヴェージョン
自虐の詩
・バイオハザード3
キサラギ
アイアムレジェンド
クワイエットルームにようこそ

ということで、皆様、良いお年を!

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December 28, 2007

クワイエットルームにようこそ

松尾スズキ監督の「クワイエットルームにようこそ」を観ました。
精神病院の女性隔離病棟に自殺未遂で入れられた主人公、明日香がそこで様々な人と出会い、また自身がそこに入るまでの人生を反芻しながら、二週間で退院するまでの様子を描いた映画。
もちろん、そこで登場する人々は、一癖も二癖もある人たち。心の痛みゆえにその場に居ざるを得ないという、人生の負の部分が凝縮されたような空間。

もちろん、内容は相当シリアスなはずなのだけど、前半はひたすらギャグ中心で、正直、私は涙を流しながら笑ってました。これって、やっぱり演劇のノリなんですね。役者もみんな上手いし、間の取り方なんかも絶妙。
ただ、笑いの方向性というのが、確かにセンスはあるのだけど、ナンセンス系、シモネタ系、自虐系という、ちょっと日本的になってしまうのは仕方ないところか。

正直、全体的に若者視点というか、純文学的なのだけど、興味の対象が自己の内面だけというか、そういった感じが私の感性とはちょっとずれていた感じがしました。太宰治を読んだ後の違和感とでも言うべきか。
主人公の自堕落で自己中心的な生活、もちろん自分でもそれを良いものと思っておらず、常に自責の念にかられているのだけど、現実の容赦ない事件がどこまでも主人公を追い詰める。こういう破滅型キャラだからこそ、分かり合える美学というのがこの映画にはあるのでしょう。
基本的に、ついつい慎重に生きてしまう私には、この映画のような人生は望んでも送れないだろうな、と思ってしまいます。

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December 22, 2007

アイアムレジェンド

「地球最後の人間」というアイデアには、何か惹かれるものがあったのです。
同じネタとしては、私などドラえもんの「独裁スイッチ」を思い出してしまいますね。何もかもめんどくさい~、みんないなくなっちゃえ、と一瞬思っても、そんな状況の空恐ろしさは、ちょっと冷静に考えてみるだけでぞっとします。

だからこそ、何が原因でそうなったのであれ「地球最後の人間」には、そういう究極の寂しさ、果てしもない孤独、という描写が絶対的に必要。そして、この映画、こういったテーマを真摯に取り上げようとしていたことについては、とても好感を持ちました。主演のウィル・スミスも、こういった演技をかなりシリアスに演じきっていたし、主人公のお供をする犬の演技も良かったです、マジで。
なので、できればもっともっと、このテーマを掘り下げて欲しかったなあ、というのが私の感想。

というのも、後半、「あれ、最後の人間じゃないじゃん」みたいな感じになってきたのは、ちょっと何となく興ざめ。
それに、なぜ一人だけになってしまったか、という理由が、ウイルスによる人間のゾンビ化・・・って、もうこの設定あまりに安すぎです。個人的には「バイオハザード」でしか許せない感じ。もう少し別の設定にできなかったもんでしょうか。
脚本的にはもう少し心理劇のような映画に出来た気もしますが、やはり最後にはそれなりのドンパチが無いと興行的にはきっと厳しいんだろうな、などと穿った見方をついついしてしまいます。

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November 18, 2007

キサラギ

何と全編、舞台はたった一つの部屋。そして登場人物は男五人、というまるで小演劇のような映画です。
しかし、これは面白い!
笑って、驚いて、そして最後は泣いて、しかもそれが数秒単位でめまぐるしく変わっていく疾走感溢れる流れ。何といっても、この映画の面白さは、脚本の素晴らしさ、及びそれを演じきった五人の役者の素晴らしい演技にあったと言えます。

ストーリーは、1年前に自殺したB級アイドル「如月ミキ」の一周忌をやろうと、ネットの掲示板で知り合った人たちが集まるところから始まります。みんなハンドルネームで語りながら、初めまして、というシチュエーションは、Niftyのオフ会を思い出しますねぇ。
しかし、しばらくして最初の和やかな雰囲気は、あっという間に消え去り、如月ミキは自殺ではなかったのでは?という問いかけから、男五人の凄まじいまでのやり取りが始まるのです。

どんな話をしても、全てネタバレになってしまうので(ストーリーの流れは、新事実が判明する驚きの連続です)、これ以上は内容は書けないのだけど、もう一つ一つのエピソードがうまく練られていて、伏線の張り方もとてもうまい。それでいて、こんなストーリーで最後泣けるとは予想もできませんでした。
ただし、ラストシーンはちょっと余計だったかも。そこだけが残念かな。

どうも最近の邦画って、キムタクものとか、フジテレビものとか(同じか)、子供向けとか、誰か最後に死ぬやつとか、そういう個人的にあんまり興味のない映画はヒットしているのに、先日見た「自虐の詩」とか今日見た「キサラギ」とか自分が気に入った映画のほうが、商業的に成功しそうもないのはどうしてでしょう。(日曜の昼なのに今日の観客も少なかったなあ)

私は、こういう脚本も演技も技巧的な映画ってクリエータ魂を刺激され、とても感銘を受けます。
決して高尚なテーマじゃなくても、敢えて俗っぽいアプローチでも、芸術性の高い映画って絶対あり得ると思うのです。

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October 28, 2007

自虐の詩

もはや慣用句となっている「ちゃぶ台をひっくり返す」。
この言葉を、そのまま映画にしたらどうなるんだろうという企てで作られたような映画。
前半に集中する、阿部寛のちゃぶ台ひっくり返しは、芸術的とも言えます。これをしっかり捉えたカメラワークも素晴らしい。
ごはんが、味噌汁が、寿司が、うどんが、とんかつが、宙を舞って飛び散る、そこに潜む美学に日本人なら誰でも心打たれるはず(ほんとか)。ちゃぶ台返しにここまでこだわった映画はきっと今までになかったことでしょう。
ついでに、畳ごとひっくり返したときに、床下からねずみが飛び出していたのはCGによるシャレだと思われます。

さて、この映画の基本的な内容は、貧乏で社会の底辺を這って生きているような人々が、幸福って何だろう、と考えつつ、笑いあり涙あり、の日々を描写したものです。
正直言って、「嫌われ松子の一生」と中谷美紀のキャラがほとんどかぶっています。中谷美紀は完全にこの手の人物がはまり役になってしまった感あり。ストーリーも「嫌われ松子」に近い雰囲気を持っているのですが、中学時代のエピソードなど、微妙なリアリティがあり、後半は結構涙腺が緩みっぱなし。
泣いて笑えるなかなか面白い映画です。

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September 24, 2007

ヱヴァンゲリヲン新劇場版

アニメオタクとは程遠いつもりの私ですが、なぜかエヴァは気になるので、見に行ってきてしまいました。しかし、あのエヴァブームからはや10年。中身はすっかり忘れ去っていました。
そういう意味では、また新しい気持ちで見たことになったわけですが、いややはりなかなか面白いです。ロボットアニメのフォーマットを借りながら、子供向けアニメとは全く次元の違う世界が展開されていきます。

私の感じるところの、エヴァの面白さをいくつか挙げてみましょう。
・聖書や精神医学などの言葉を多用した衒学趣味。結局のところ、よほどのマニアでないと言葉の意味が全部わからないハズ。原作者さえ論理的整合が困難になるほど、いろいろな要素が詰め込まれ、しかもほとんど作中で詳細な説明がされない。
・ロボットアニメなのに、すごく生物的でグロい。使徒も気持ち悪い死に方をする。ロボットだから強い、という方法論を捨て、生き物的だからしぶとく、そして制御が難しい、という新たな価値観を提示している。
・内省的で引きこもりがちなナイーブな少年、少女の気持ちの表現がリアル。典型的なアニメ的セリフの中に、ポロリと非常に純文学を思わせるセリフが点在する。
・いわゆる今までのロボットアニメにはあり得なかったような、少年視線でのエロチシズム表現が多い。

そんなわけで、続編も楽しみにしてます。

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August 20, 2007

呪怨 パンデミック

浜北にサンストリートというモール街が出来て、その中に東宝シネマズが入りました。
浜松にも東宝シネマズがあるのに、ほぼ同じ都市圏内にもう一つ東宝シネマズが出来るというのは、思わずその出店戦略を考えてしまいます(浜北だって、もう浜松市になっちゃったし)。良く解釈すれば、上映作品をうまく散らばせて、浜松近辺全体で市場そのものを拡げよう、つまり映画人口そのものを増やそう、と考えているとも思えますが、さてどうでしょう。
しかし、実際オープン間もない日曜の昼という、これ以上無い良い条件と考えられるにもかかわらず、お客がそれほど多いとも思えなかったです。ちょっと先行き心配。

というわけで、サンストリート浜北の東宝シネマズで「呪怨」を見てきました。お客は10人強。さらに心配・・・。
「呪怨」はハリウッドでシリーズ化され、今回もハリウッド製ながら清水崇監督、というアメリカでのジャパニーズホラーブーム(?)を象徴するような映画です。
正直言うと、ひたすら脅かしの連続に、あまり品の良さを感ぜず。雰囲気もだんだんリングっぽくなってきて、ネタの枯渇が心配されました。なぜか上映は日本語吹き替えのみだったのですが、一番酷かったのは、その吹き替え。超棒読み。これはちょっとマズイでしょう、という感じ。
後で某女性漫才師だとわかりましたが、声優なんて誰でも出来るってわけじゃないでしょう。

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July 01, 2007

300 / ボルベール

今週末、二本の映画を観たのですが、両方ともなかなか面白かったので、一緒に紹介。
しかもこの二本、全くの正反対の映画。「300」は、ひたすら戦闘シーンのマッチョな男性誌的映画。「ボルベール」は男と女、そして母と娘の愛憎劇といった女性誌的映画。

「300(スリーハンドレッド)」は紀元前500年ころの、スパルタ対ペルシアの戦争を描いたもの。しかし、いわゆる歴史映画とは趣が異なっています。例えば、もはや劇画チックとも言えるくらい典型的な正義と悪との対比とか、血しぶきが飛び、手や足や首がスパスパ飛んで行く、グロさ一歩手前の殺戮シーン(ちなみにR-15)、あり得ない怪物や奇形人間なども登場といった具合。史実を元にした男性視点のファンタジーといった感じです。
そういう意味では、全く内容に深みはないのですが、逆にそこまで開き直った勧善懲悪が心地よくて、不謹慎ながら敵をバッタバッタと切り殺していく様は爽快感さえ感じました。それを強調するような映像美もなかなかのものです(非常に二次元的な、不思議な映像でした・・・何らかのエフェクトを使っているのでしょう)。

続いて「ボルベール」。出てくる人物はことごとく女。主人公と、その娘と、その姉と、その母と、その叔母と、叔母の隣人だけで成り立っている狭い人間関係。そして、その影には横暴で女を不幸にさせる男の影が・・・。
酔って娘を犯そうとした主人公の夫が逆に娘に刺されて殺されてしまう、というショッキングな事件からストーリーは急激に回り始め、最後には想像もしなかったような過去の事実が明らかに・・・。韓国ドラマ的とも言うべき、ベタなストーリーであることは否めないけど、何しろ登場人物一人一人の生き様がリアルで力強いというのがスペイン的なのでしょう。特に主人公を演ずるペネロペ・クルスの演技の熱さ(ついでに豊満さ)が、何しろこの映画の見どころ。中盤でレストランでのボルベールの歌を歌うシーンは思わず泣けてきます。

つまり、典型的ではあっても、描きたいところに集中して、しっかり作っていけば面白い映画になるのだなあ、と納得。

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June 03, 2007

ユメ十夜

「こんな夢を見た。」でおなじみの夏目漱石、夢十夜の各エピソードを十人の監督によるオムニバス形式で映画化した作品。(HPはこちら
浜松で二日間だけ上映があったので行ってきたら、第五夜の監督をした豊島圭介氏が何と会場に来ていて(浜松出身らしい)、映画が始まる前に挨拶をしてくれるというおまけ付き。映画作りのいろいろな苦労話を聞けたのは面白かったです。豊島氏によれば、1話あたり制作費は1000万円なんだとか。

映画のほうですが、いやまあ、さすがに各10分で10人分の作品を見るのはキツイです。作風もノリも全然違うし。それに、10分という制限があると、各監督ともストーリよりイメージに走るので、かなりシュール感が漂い、話を理解するというよりは、印象だけで良し悪しを感じるしかないといった感じ。
監督は、先日亡くなった実相寺昭雄、市川昆といったベテランから、「呪怨」の清水崇、その他松尾スズキ、天野喜孝といったなかなか豪華な面々。
個人的には松尾スズキ氏の第六夜、2ちゃんねる風のセリフ、ブレークダンス運慶など、笑いどころが満載でむちゃくちゃ面白かったです。あとは、第三夜のやっぱりホラー系になってしまう清水崇作品、第九夜のお百度参りの話(監督:西川美和)が良かったです。

短いだけに、各映画監督のよりリアルな創作態度がクローズアップされてくるので、クリエータな人なら大変刺激を受けるのではないでしょうか。

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May 13, 2007

スパイダーマン3

ふーん、なるほどねぇ、うまいなあ。
日本の超大作と違って、金をかければきっちりと面白い映画を作るんですよね。ほんとに感心します。
それに私、この作品の作り手の感性が、結構好きです。どういうことかと言うと・・・

そもそも、主人公ピーターは全く冴えないキャラ。一般的に、SFとかヒーロー物って主人公のカリスマ性に頼るところが大きいのだけど、このスパイダーマンシリーズは、あくまで「冴えない主人公」にこだわります
アメリカならなおさら、きちんと自己主張して、自ら未来を切り開くような力強い人物に賞賛が集まるはず。しかし、どんな世界だって、引っ込み思案で、自信なさげで、からかわれ易い体質で、大事なときに的確な言葉を話せないタイプの人間はいるわけです。恐らくサム・ライミ監督は、そういう人の心情を良く分かっていて、そういったイケてない人間を愛情を込めて描こうとします。ティム・バートンなんかもそういう傾向があるのだけど、誰の中にもあるそういったダサさ、自己卑下的な部分の表現にとても共感できるんです。

特に今回は、ピーターの人間的な弱さが、スパイダーマンであることの慢心や、自分を裏切った人への嫌がらせ、恋敵に対する嫉妬といったような、負の感情によるセコい行動として表現されていて、そういう感情表現がものすごくリアル。超娯楽アクション大作なのに、こんなセコい人間行動に着目するあたりが心憎かったりするんです。

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May 04, 2007

ラブソングができるまで

はっきり言って、恋愛コメディ系映画なんですが、意外と良く出来ていて面白かったです。
ストーリーは、80年代の元スターのアレックスが、偶然出会った作家クズレの女性とタッグを組み、ヒット曲を作ろうと頑張っていきつつ、二人はだんだん惹かれ合い・・・、といった内容。

最初に、アレックスが80年代にやっていた「POP」というバンドのプロモーションビデオだけでかなり受けてしまいます。流行り始めのデジタルシンセの音、シンセドラムの音などサウンドも80年代風、ビデオもバンドメンバーが歌いながら寒い小芝居をしていて、そういえば20年前のプロモってこんな感じだったなあ、と思わず苦笑。
それに、細かい描写も微妙にリアリティがあって笑えます。アレックスは今や、高校の同窓会でのパーティや、遊園地などのショーで日銭を稼ぐ毎日。往年のファンも、もはやいいオバさんなのだけど、当時を思い出してノリまくっている様子はかなり笑えます。日本でいえば、ディナーショーみたいなもんでしょうか。

そんなとき、アレックスに売れっ子歌手のコーラから作曲の依頼が来ます。
このコーラって歌手がまた面白い。日本で言えば倖田來未みたいなセクシーアイドルなんだけど、仏教をモチーフにしているんです。礼をするときは必ず手を合わせ、歌詞の中には仏教用語が散りばめられている。セクシーなダンスにも仏教的なエキゾシズムが組み合わさっています。コンサートの最初には、巨大な大仏から現れるというパフォーマンス・・・

さてさて、内容的にもなかなか考えさせるところがありますね。
あくまでいい曲を、いい詩を作ろうとする努力と、曲作りも売れ線狙いでビジネスとして割り切ろうとする考えが、曲を作ろうとする二人の間での葛藤になってきます。もちろん、最後は信念を通して、いい曲を作ろうとした想いが売れっ子歌手コーラまで届くのだけど、創作する者の共通した想いというか悩みというか、そういうのが表現されていたように思いました。

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April 28, 2007

バベル

話題性の高かった映画なので、ぜひ見たいと思っていました。
三つの舞台でのエピソードが平行して語られていくという、構造性の高いストーリー。この三つのエピソードは、冒頭の銃の発射事件という一点で繋がっているのですが、各エピソードが進行するに従ってだんだん絡んでいく・・・みたいな、脚本的なテクニックとはまた違います。実際には、各エピソードは平行して進行し、それぞれの物語がそれぞれに解決して終わります。個人的には各エピソードがだんだん絡んでくる・・・といった技巧的なストーリーのほうが興味あったんですが。

もっとも、この映画のウリはそのストーリーのシリアスさにあるわけです。
近くにいるのに分かり合えない、そんなシチュエーションを拾い上げ、ほんのわずかな狂いがどんどん拡大されて大きな悲劇に繋がる様子を描写します。誰も悪くないのに、事態はどんどん悪くなっていく。それは絶対的な悪の所為なんかではなく、みんなが持っているほんのわずかなエゴの所為なのでしょう。そして、本来的に人間同士が分かり合うことは大変難しいことなんだ、というのが、この映画の伝えたいことなのだと思います。

エピソードの一つ、日本が舞台のストーリーはややエキセントリック。菊地凛子扮する聾唖者の退廃的な若者風俗などは、いささか挑発的すぎるかも。日本が舞台で、日本人役者が演じていても、このストーリーは日本人の下じゃ作れないだろうなと思いました。
ただ、爆音のDJのシーンで何度も静寂になるところ、もちろん聾唖者の感じた様子を表現しているのでしょうが、言葉が通じない・・・「バベル」という状態をうまく象徴しているように感じました。

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March 05, 2007

パフューム

異常に嗅覚が強い男がその能力を駆使し香水作りを始め、そしてついに恐ろしい犯罪に手を染めてしまうという話。舞台は18世紀のパリ。その男は、究極の香水作りのために、若い女性の香りを探し求めます。そしてついに連続女性殺人を犯してしまうのです。最後にその男の処刑のシーンがあるのですが・・・それが問題のシーンとなって話題になっています。
そもそも、このストーリー、スピルバーグ、リドリー・スコット等の有名映画監督が映画化を考えて原作者にオファーをしたという逸話つき。結局はそういったビッグネームでない監督による映画化となったようですが。

映画自体は、最初のほうでナレーション付きなのが時代物がかっていていまいちだと感じたのですが、後半、連続殺人になって街中が恐怖に震えるあたりからどんどん引き込まれます。
そして圧巻なのがラストシーン。簡単に言えば、数百人の壮大な乱交エッチシーン。まあ、人によってはかなり引いたようですが、なんというか、一種のファンタジーなんですね。香りが人々を恍惚にさせるということを、もっとも極端な方法で表現したというのか・・・。この映像を撮ったというだけで、監督は本望だったのではとも思えてしまいます。
主人公は目的のために手段を選ばない、冷徹な恐ろしさを秘めています。それが映画全体の気味悪さをかもし出していて、そのためになんとなくこの映画を見終わったあと、居心地の悪さを感じる人も多いかもしれません。
でも、こういったある種の悪趣味さ、グロさ、変態っぽさ、というのはすごくヨーロピアンな感じがするし、そういう中に究極の美を見出そうとする感覚には、どこか共感を覚えたりもするのです。

ラトル指揮・ベルリンフィルの音楽も巷では評判になっているようです。なかなか静謐で物悲しい感じで、きれいな音楽だと思いました。

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March 04, 2007

さくらん

蜷川実花初監督の吉原の遊女を描いた映画「さくらん」を観てきました。もちろん、見るきっかけというのは、椎名林檎が映画音楽を担当したから、ということなので、正直映画そのものには期待してなかったのです。
だいたい、吉原の遊女の哀しみ、といった内容の映画など、恐らく私は通常見に行ったりしないような題材です。もちろん、ふか~い世界はあるのでしょうが・・・、嘘と嫉妬のうずまく人間模様ってのは、どちらかというと苦手な領域。
実際、この映画も基本的にはそういうお話なんですが、意外と良く出来たいい映画だと感じました。

原作はマンガだそうで、もちろん読んだことはないのですが、恐らく原作の質もいいのでしょう。気の利いたセリフや、人物描写のリアルさもなかなか。それに私が日本映画で一番弱いと思う脚本も、論理的整合性や小ネタの接続に感心するところが多かったです。例えば、ヤシロの桜の花のエピソードとか、髪飾りを渡すシーンとか。
あと、美術的にも絢爛な映画世界を良く表現していたと思います。その中でも面白いのは、金魚のモチーフ。映画を通じて、金魚が至るところで現れます。圧巻なのは、吉原の入り口に巨大水槽があって、そこに金魚が飼われているところ。映像における主題の扱い、というのもうまいと感じました。
役者もがんばってます。かなりきわどいシーンもあって、話題になっています。はっきり言ってエッチシーンは多いです。ただ、それもセクシーとかじゃなくて、ひたすら女性視点であるという点が面白いのでしょう。

音楽は、事前情報以上のものではなかったけど、映画の雰囲気と林檎世界がばっちりはまっていたことは確か。若い女性の観客が多かったので、きっと林檎ファンが映画を見に行く、という宣伝効果もあったんでしょうねぇ。

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December 31, 2006

今年劇場で見た映画

今年の締めくくりに、今年一年、映画館で見た映画を全部ご紹介。

キング・コング
・ミュンヘン
PROMISE
THE有頂天ホテル
歓びを歌にのせて
・Vフォーベンデッダ
嫌われ松子の一生
・パイレーツオブカリビアン~デッドマンズチェスト
日本沈没
・スーパーマンリターンズ
グエムル
イルマーレ
・レディインザウォーター
・ペレアスとメリザンド
トゥモローワールド
・犬神家の一族

一般的には多いほうかもしれないけど、それほど映画マニアってわけでもないですよ。

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December 25, 2006

のだめカンタービレの世界

ええ、もちろん見てましたとも。
マンガも読みました(妻が全部持っている)。
正直、面白かったです。多くのクラシック関係者が面白いっていうのも頷けます。確かにとても良く出来ている。リアルとバカバカしさのバランスが絶妙で、ありそうでない音大生の日常に思わず憧れてしまうのです。

しかし、のだめを貫くリアルさというのは、私の思うに「音楽への向き合い方」なのではないか、と思うのです。
よくよく見てみれば、このドラマ、良い音楽をすることが何よりも第一であって、友情や恋愛よりも優先される。実際、素晴らしい音楽というのは才能のある者がひたすら努力することによってしか生まれない、という当たり前でいて、目を背けたくなる現実があるのです。このドラマはそれを真正面から表現しています。
だから、センスの無い人間が一生懸命やってすごく上手くなった、などという感傷的な態度は一切取らないのです。主人公は、二人とも才能に恵まれているという設定。その才能が開花していく様子がストーリーになっているわけです。
たかが音楽、されど音楽。音楽の神様に許された者だけが高みに上がれる不条理な世界。残念ながら、そこでは人間社会の常識は通用しないのです。たとえ傲慢であっても、変態であっても、ホモであっても、音楽の神は無作為に降りてくるのです・・・

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December 12, 2006

功名が辻

今年も大河ドラマ、全部見ました。これもHDレコーダのおかげ。
とか言いながら、日曜夜8時のちょっと前に先週分のを見てないことに気付いて慌てて録画を見たりとかで(上書きモードで予約入れてるので)、便利になるのも考えものです・・・。

何といっても、どマイナーな戦国大名の山内一豊(の妻)を主人公としたというのが、良かったのかもしれません。信長も秀吉も家康も、全部客観的に描くことが出来るからです。しかも客観的どころか、かなり悪意を持って描いていたと言ってもいい。信長は「ワシがこの国の王じゃ!」とか言って、半分狂人みたいになってるし、秀吉はボケて失禁しているし。家康はわりとまともだったけど死に際がちょっとマヌケな感じ。
ところが、今回の脚本、敗者に対する思い入れがかなり強いように感じました。具体的には、明智光秀と石田三成。いずれも歌舞伎系の演技者を配し、どこまでも端正で、真っ直ぐなキャラ設定がされていたのはなかなか新鮮。ここまで明智光秀がカッコよくていいのか?というくらい、今までに無い明智像を提示してくれたと思います。これもマイナーな大名を主人公にしたおかげなのか。
全体的には仲間由紀江人気にあやかっている感はありますが、上のような脚本家のこだわりがちらっと見えてなかなか楽しめました。何より、山内、堀尾、中村、というマイナー大名の名前を知ることが出来ました。

来年は信玄ですね。山梨出身者としては、見ずにはいられません。

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November 19, 2006

トゥモロー・ワールド

2027年の近未来を扱っているけど、全然SFじゃない映画。ちょっとSFノリを期待していくと外します。
設定は、2009年に人類に最後の子供が生まれて以来、一人も子供が生まれなくなってしまった世界。ロンドンに住むある男が、ひょんなことからテロリストに協力することになり、そこで妊娠した女性と出会って・・・、というように話は展開していきます。
しかし、そのようにあり得ない舞台設定でありながら、そこで見せ付けられる情景はあまりにリアルで救いようのない殺伐とした社会。テロリストや警官たちによる容赦ない暴力と殺戮の嵐。そして、その陰惨さは思わず目を背けたくなるほどです。これは、正直言って、R-15くらいに相当する暴力シーン、戦闘シーンに溢れていると思うのですが、全然そういう制限がないですね。

リアルな戦闘シーンは、そのままシリアスな雰囲気を映画に与えます。
主人公の元妻でテロリストの親玉である女や、主人公をかくまった良き知り合いである老人があっさり殺されてしまうあたり、悲しみというよりは、もうやり場のない怒りを感じるしかなく、その後の主人公の強烈な行動付けになっていきます。
そして、そんなあまりに陰惨な殺戮の嵐の中だからこそ、一人の妊婦が子供を生む、ということの神々しさが引き立ってきます。赤ちゃんの泣き声が、まるで世界の救いの声のごとく感じられるのです。
全体的に、かなり暗くて陰惨で救いようのない映画。しかし一方で、個々人の宗教観、倫理観、そして社会観を揺さぶる力を持った映画だと思いました。
途中で、キングクリムゾンの曲「クリムゾンキングの宮殿」がかかったのもちょっと嬉しかった。音楽はジョン・タヴナーも担当しているみたい。

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October 01, 2006

イルマーレ

オリジナル版を見た手前、やはり今公開中の「イルマーレ」を見ないわけにはいきません。
さて、感想の第一声としては・・・、悪くは無いけど、オリジナルの韓国版のほうが面白いかなあ、という感じ。
基本的に、ファンタジックなイメージだったオリジナルから、ハリウッド版はリアルな現実感を重視し、ストーリーもなるべく分かり易くさせようと努力している感があります。
あと、やはりお国柄が出るのでしょうか。やはりアメリカ映画っていうのは、すごくきちっと論理的整合が取れていないと製作側が満足しない、というような側面があるように感じます。特に、この映画、設定が大変面白いのだけど、タイムマシン的ネタというのは簡単にパラドックスが作れてしまうので、その穴のふさぎ具合に製作側の違いが現れます。例えば、駅で忘れた小物は、韓国版ではヘッドフォンステレオなのだけど、ハリウッド版では、ケイトが愛読している本。この本の内容を、映画のストーリーとオーバーラップさせたり、本自体が思わぬところで現れたり、いかにもハリウッド的な伏線のはり方。だけど、一度韓国版を見ていると、そういった小細工が逆に小賢しく感じられてしまいます。
もちろん、オリジナルのストーリーの面白さがあったからこそ、今回のリメイクになったのだけど、”待つ恋愛”みたいなテーマに変わってしまったのが、ファンタジー度を下げてしまった気がします。
なんか、「ソラリス」のハリウッド版リメイクを見たときの印象とすごく似ていますね・・・

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September 23, 2006

韓国映画二つ

先週、映画館で初めて韓国映画を見ました。「グエムル」っていう映画です。
突然、グエムルという怪獣が人々を襲い、主人公はさらわれた自分の娘を助けにグエムルと対決する、という内容。グエムルの描写はむちゃくちゃリアルでスゴイ。もちろんCGなのだろうけど、まるでほんとにいるような臨場感があり、人々を襲うシーンはとても良く出来ていました。
しかし、正直言ってちょっとこの映画、焦点の定まらない、奇妙な内容でした。もちろん韓国人じゃないと分からない、という場面もあるのかもしれません。しかし、笑うべきシーンなのか、泣くべきシーンなのか、それさえ分からないようなヘンテコなところもあるし、米軍の扱いとか、賄賂の横行とか、貧困問題とか、そういう社会問題が何のひねりも無く挿入されている感じで、伝えたいことが空回りしています。
とある雑誌には、このようなシュールな設定をすることで、社会の矛盾をあぶりだそうとした、などという監督の言葉があり、確かにその考え方はとても共感するのだけど、残念ながら、そこであぶりだされた物は監督の意図したものとは違うものだったような気がします。本当はカフカの「変身」みたいな感じにしたかったんでしょうかね。

うーん、やはり韓国映画ってそんなものなのかなあ、と思っていたとき、同じく韓国映画「イルマーレ」を家で鑑賞。これ、妻がBSで放映していたのを録画したものでした。内容は時を超えて文通を始めた二人の、ちょっと不思議な恋愛ファンタジー。
この映画はとても素晴らしい。映像も美しいし、ストーリーのアイデアも面白い。それに、そのストーリーが脚本やカメラワークの上手さでとても良く引き立っています。全体的にファンタジック、あるいは寓話的で、リアルな社会問題など一切無いのも私にとっては高得点。
全体的に、事件でどんどんストーリーを動かしていくようなハリウッドタイプの映画でなく、とつとつと静かに時が流れるヨーロッパ的な匂いのする映画でした。かなりシブめですが、これはマジでお薦め。
ちなみに、今週末からハリウッドリメイク版のイルマーレが封切られますね。主人公はキアヌ・リーブス。こちらも見てみたいです。

韓国映画といっても一括りにはやはりできません。グエムルは韓国でヒットしたと聞きましたが、イイものとヒットするものが違うっていうのは、これは世界中どこでも、どんなジャンルでもあることですしね。

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July 24, 2006

日本沈没

もう、ストーリーとかぜんぜん覚えてないんだけど、確か小学校二年くらいのときに、連続ドラマで「日本沈没」を放映していて、それが大好きで、毎週見ていたような記憶があります。当時の私にとって、日曜日の夜は「日本沈没」→「風と雲と虹と」が黄金パターンでした。(←と思ったけど、どうも放映した年が違うみたい。あれ?)
そんなわけで、なんだか懐かしくて映画、見に行きました、「日本沈没」。
いや、悪くないですよ、全体的には。人物造形とか、セリフとかがもう少し練れていればリアリティが増した気がしますが、恐らくこの映画では主人公の恋愛はそれほど重要ではないので、まあどうでもいいです。

やはり、この映画の見どころは、日本が大災害に見舞われ、どんどん沈没していく、その描写そのものにあると言っていいのではないでしょうか。ハリウッドのディザスタームービーとは比べ物にならない痛々しさがそこにはあります。そして、なぜかこの映画を見終わったあと、たまらなく日本という国がいとおしく感じられるのです。(そんな殊勝な気持ちになったのは私だけ?)
でも、日本という土地が無くなって、日本人が世界各地に散らばったら、日本という国はいったいどうなるのでしょう。もしかしたら、世界中を漂流する民族として、かえって日本人としての自覚が高まるかもしれません。そう、まるでイスラエルの民のように・・・
まあ、そこまでこの映画を見て考える必要はありませんが、そんな感じで想像を逞しくさせるような面白い題材であるのは確かです。
それから、ラストもわりと泣けますよ。

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June 02, 2006

嫌われ松子の一生

かなり前から、しつこいくらいに映画の予告編で見せられて、最初のうちはバカバカしそうだなあ、と思っていたんですが、どうもなんか気になるんです。公開が近づくにつれ、メディアなどから面白そうな雰囲気が漂ってきて、ちょっと見てみるか、という気持ちに変わっていきました。
そんなわけで見てしまいました。「嫌われ松子の一生」。
何といってもタイトルがインパクトありますね。原作は読んでいないけど、不思議な吸引力のあるタイトル。

映画を見終わっての率直な印象は、もう~濃すぎる、という感じ。映画全体が超ハイテンションです。役者の演技が、というわけでなくて、ストーリーの展開、映像効果(色彩、アングル、魚眼の使用、花の氾濫などなど)、音楽(まるでミュージカル)といったいろんな要素が、全てテンション高いんです。はっきり言ってやり過ぎです。もうちょっと抑えるべきだとは思いますが・・・、それがこの映画の売りとも思えるし・・・うーん。
それに、このくどいとも言える各種効果の割りに映画全体が長いです。観ているほうもくたくたです。私は後半、このテンションの高さにちょっと付いていけなかったかなあ。

しかし、それでも、この映画にはクリエータ魂が炸裂しているのを感じました。外見上のバカバカしさに惑わされると気が付かないかもしれないけど、かなりの芸術センスを感じます。
特殊映像効果ばかりで、映画が平坦になってしまったキャシャーンと違うのはそういうところ。ストーリーに破綻がなく、(私がよく言うところの)構造性がきちんとしており、小ネタの仕掛けもうまい。
それに、陰惨でショッキングなシーンと、バカバカしいくらいのファンシーなシーンを共存させるという大胆さ、シリアスなシーンの中にも笑いを失わないこと、それでいて、きちんと役者の演技で思わずほろりとさせられること、一つ一つがプロの作りです。「ダンサーインザダーク」の陰鬱さ、「チャーリーとチョコレート工場」のバカバカしさを高度なレベルで結合したとでも言いましょうか・・・

中学教師から風俗嬢、殺人犯、そして最後はほとんど浮浪者、といたる転落そのものの人生。人々から後ろ指を指される一方で、男たちに愛を捧げ続ける神のような存在でもあったことを仄めかせて、人生の幸せとは何か、結論の出ない命題を見る者に提起します。
そういう意味では内容は極めて重厚です。しかし、その表現方法は、そうとう軽薄です。そして、そんな芸術のあり方に個人的には共感を覚えてしまいました。

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April 02, 2006

歓びを歌にのせて

スウェーデンで大ヒットした映画。浜松では三日間だけ上映があり、見てきました。
全日本合唱連盟も後援している合唱を題材とした映画です。
内容は、著名な指揮者ダニエルが体調不良で引退しますが、隠遁先の村の聖歌隊の指導をすることになります。彼の指導によって聖歌隊のメンバーの気持ちにいろいろ変化が起こり、そして聖歌隊はコンクールに参加することになり・・・というような展開。

このあらすじだけ見ると、「天使にラブソングを」とか「スウィングガールズ」とか、ああいう雰囲気を思い浮かべるわけですが、さすがヨーロッパ映画、一味も二味も違います。
何というか、映画作りにおける時間感覚の違い、というのが根本的な部分にあるんですね。ヨーロッパ映画ってリアルな日常を、ほんとうにリアルに描こうとする。もちろん、映画だから過剰な演出もあるし、デフォルメする部分もあるわけですが、常に観る人を飽きさせないようなスピーディな展開とか、メインキャラクターの力強さでぐいぐい引っ張るようなそういうハリウッド映画的なほうには決して向かいません。
何が過剰かって、各登場人物が、"みんなの前でそこまで言うか~?"みたいなことをバンバン言っちゃうところ。いい年をした大人が「ずっとお前は小学校の頃からそうやってボクのことをいじめてきたんだ」って突然キレたり、聖歌隊のおじいさんがおばあさんに「実は、私は小学校の頃からあなたが好きだった」と言い出したり。なぜか、トラウマが全て小学校から始まっているのも可笑しいです。

それはともかく、この映画の面白さは、一人の芸術家の出現が、保守的だった村の人の心を少しずつ変えていくその過程にあるのでしょう。別にダニエルは全然かっこいい感じでもないし、人々をがんがん引っ張るようなカリスマ性があるわけでもない。社交的じゃないし、衝動的な一面もある。ある意味、不器用な性格なわけです。
しかし、だからこそ、彼が伝えようとする音楽の精神的な側面が、聖歌隊のメンバーの心を侵食していくわけです。音楽をすることが、生活の中で抑圧されてきたそれぞれの想いを解放することに繋がっていきます。そういう音楽の効能を、リアルに描いているっていうのが、この映画の最大の見所でしょう。
映画そのものの肌触りは巷でよく見る映画とはずいぶん違うけど、音楽が人々の心を解放するという普遍的なテーマはやはり観る人を感動させるものですね。

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March 05, 2006

THE 有頂天ホテル

いやー笑いました、ほんとに。気が付いたら、涙流してました、笑いすぎて。
恐らく誰が見ても、楽しめる映画だと思います。細かいこと抜きに単純に面白いです。こういう映画は見て良かったって思えますね。

確かに単純に面白いんだけど、実はすごく良く出来ている映画だと思います。私が何回か言っているのは、邦画に芸術作品としての「構造性」が足りないということ。しかしこの映画、日本的な笑いを多用しているにも関わらず、ストーリー全体はとても緊密な構造性を持った精度の高い芸術作品だと感じました。
日本アカデミー賞を総ナメにした「Always」だって、エピソードの寄せ集め的な映画で、題材は良かったけど構造性があるとは思えなかった。しかし、この有頂天ホテルは、うまいなあ、とほんとに思います。
基本的にいろいろな人のいろいろなエピソードが絡み合いながら話が進むわけですが、それらの主題が微妙に交錯しながら、無関係なはずだったエピソードが終盤で繋がっていきます。ラッキーアイテムのマスコットが、一回りして結局元に戻るあたり、構造性の極致といえますね。さすが、三谷幸喜、才能あります。

笑いのキーワードとしては、誰もが持っている恥部をとことん掘り下げるというか、それがまあ、掘り下げすぎというか、そういうところにあるのでしょう。
クネクネダンスも、みんなの想像を掻き立てたまま、結局一度も画面に現さないところがいいですね。
あと、かっこつけて嘘をついたり、アクセサリーについつい手を出して鏡の前でくるくる廻ったり・・・思わず日常生活でやってしまいそうな個人の恥部をどこまでも拡大させていくっていうのが、三谷氏の芸風なのでしょう。

古畑任三郎なんかも以前より、日本ドラマ離れした構造性の高さを感じていました。
実は構造性が高くなるほど、古典的な形式をわざと使ったりするなんてことがあるのかもしれません。ラヴェルとか、ストラヴィンスキーとかなんかもそんな感じだし(いきなり音楽の話になるけど)。

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February 14, 2006

PROMISE

中国映画「PROMISE」観ました。ちなみに、一般には真田広之が出演しているということで話題になっている映画。
ブログには、自分にとって面白かったものしか書かないつもりなので、本来ならここで紹介するほどのモノじゃないんですが・・・。2年前に観た邦画「キャシャーン」のときと同様、何というか、映画全体にイタさを感じてしまったので、あえてその話をしたいのです。(「キャシャーン」のときの話はここ
キャシャーンのときとまさに同じ話で、この映画にも構造性が欠如しています。同じように寓話的、ファンタジー的、そしてアート的なものを志向している中国映画「HERO」は高度な構造を持った映画だったのですが・・・。
しかし、この映画、どこがクライマックスなのか良くわからない。どこもかしこも手が込んでいて、音楽も派手。結果的に逆にストーリーの起伏が無くなっています。後で考えると確かに筋は通っているんだけど、見たときにはどうも内容がピンとこないのです。それに、ファンタジーなら何でもあり、という悪いパターンも垣間見えます。何でもあり、に説得力がなければ、ただいたずらに見ている人を混乱させるだけです。結果的に、作り手のその場その場での思い入れが、全体の流れに悪影響を及ぼしているように見えます。

それにしても、寓話的、アート指向の映像美というのは中国映画の特徴なんでしょうか。
この映画でも、だだっ広い砂漠、草原、何もない川原、幾何模様風の建築、といった現実からは程遠いシーンがたくさん出てきます。軍隊も真っ赤、真っ黒、真っ白にきれいに色分けされる。HEROのときは、きれいだなあ、と思ったけど、今回はいささか辟易としてきました。こういう映像美こそ、ちょっとアマチュアくさくはないかと、そんな気がしてきました。
絶世の美女役のヒロイン、どこか菅野美穂に似てます。だからどうってわけじゃないけど。

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January 09, 2006

キング・コング

むちゃくちゃ面白かったです!
三時間もの長尺映画。相当複雑なストーリーかと思いきや、ストーリーは極めて単純。はっきりいえば、ストーリーの面白さを楽しむようなタイプの映画じゃありません。そういうと、派手なドンパチで楽しませるような単細胞な映画のように思われるかもしれません。確かに、派手なドンパチは楽しめます。しかし、それでも、その映像の圧倒的なイマジネーションとか、どこまでもハラハラさせるような展開とか、ちょっとした仕草から醸し出される感情表現とか、そういったものが全て一級品のものなのです。

映像は本当に凄かったですね。髑髏島の原住民の要塞、恐竜や巨大昆虫の数々、断崖絶壁の島の自然、荒れ狂う海原、そして古きニューヨークの摩天楼、そこからの眺め、全てが本当にリアルです。もちろん、CGをふんだんに使っているのでしょうが、ああいう情景を最初に考える人が必ずいるわけで、そのイマジネーション力に脱帽。
あと、中盤の逃げ回るシーン。これでもか、これでもか、というくらい過剰なアクションシーン満載です。巨大テーマパークのアトラクションを1時間体験させられるような感じ。いささか、長すぎるのではとも思いましたが、ここまでやればどんな鈍感な人でも絶対楽しめるはず。
終盤は、コングの仕草だけで泣けるシーンが山盛り。ドンパチばかりじゃありません。ちゃんと感動できます。

何といっても、主役ナオミ・ワッツがいいですね~。
ジャングルの中を、下着同然の女が泥だらけ、傷だらけになって逃げ回るわけですよ。これは、ちょっと人選を誤るとぜんぜん違う映画になってしまいます。お色気たっぷりのグラマー女優だと、これはまた違った楽しみに映画が変わってしまいますし、アンジェリーナ・ジョリーみたいな女優だと、逃げ回ることがポジティブな行動になってしまいます。
清楚な顔立ちのスレンダーな美女というのが、こういったシチュエーションにぴったり。こんな美女が顔をゆがめて絶叫するからこそ、そのリアリティが増してくるわけです。彼女が逃げ回るシーンを見るだけでも、この映画一見の価値があるかも。
清楚な顔立ちの美女、恐ろしいシチュエーション+絶叫となると、「リング」シリーズ、そしてこの「キング・コング」と、すっかりナオミ・ワッツの独壇場となってしまったようです。

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December 18, 2005

大河ドラマ「義経」

今年の大河ドラマ、全部見ました。
題材としても申し分なく、そのおいしい題材をなかなかうまく料理していたのではないでしょうか。まあ、ありていに言えば面白かったです。義経っておいしいエピソードが多すぎるんですね。たとえ史実ではないにしても、見るほうとしては予定調和なその世界に安心できるという部分はあるでしょう。
人物の造形もいいですねぇ。清盛、頼朝、藤原秀衡といった大人物の安定感はもちろんのこと、平家のキャストも各キャラが良く立っていたし、源氏の各武将、巴、静といった女性もよく描かれていたとおもいます。
今回のドラマでの最も大きな脚色は、義経の郎党の面々を付け加えたことでしょう。そもそも、弁慶自体その存在も怪しいのに、それに加え、何人もの実在しない家来をドラマに入れるのはそれなりに勇気が入ることだと思います。義経の家来なので、実に素直に皆は働くし、都合のよい場所で情報を仕入れたり、狂言回し的な役割を担ったりもします。何より、義経が置かれた状況や、それに際する心情を、義経の代弁をするようにこの家来に言わせるという役もあります。時にそういうストーリーの進め方が危うい感じもしたのだけど、主人公の代弁者として、彼らの存在は今回のドラマを通してとても大きなものでした。

作品の芯も、義経の「情」と頼朝の「理」を対比させることで、深いテーマを視聴者に突きつけます。
まあ日本のドラマですから、必ず最も「情」を持つ人間は主人公だし、それゆえに愛すべき人物像が作られます。しかし、今回「理」を表現する頼朝も決して悪役ではないのです。むしろ、大きな組織を動かすには、このような血も涙もない冷血な判断も必要なのだ、という当たり前のことをきっちりと表現しています。
みんな心のどこかで、コンピュータや情報が氾濫し、何から何まで規則で固められた規格化した世界観に少しずつ幻滅しながら暮らしているのだと思うのです。何もかも「理」で解決するようなそういう風潮こそ、おかしいと。そんな人々の漠然とした不安を、このドラマがうまく掬い取ってくれたように思います。

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September 11, 2005

チャーリーとチョコレート工場

映画「チャーリーとチョコレート工場」を見ました。
ティム・バートン節炸裂って感じです。ティム・バートンが悪ノリして、やりたい放題作ることが出来た映画。「マーズアタック!」もそういう映画でしたが、あまり興行成績が良くなくて(おふざけが過ぎたのか)、その後好き放題に作らせてもらえなかった、という話も聞きます。「猿の惑星」「ビッグフィッシュ」と手堅く来て(それでも「ビッグフィッシュ」は十分バートン世界だったけど)、今回、はじけましたって感じ。
なので、人によっては若干眉をひそめたくなるような悪趣味と写るかもしれません。でも、このナンセンスさ、シュールなお笑い感覚がやっぱりティム・バートンの真骨頂。ブラックな味わいが好きなら、この映画はウケると思いますよ。
では、この映画、マニアックであまりウケないかというと、そうでもなさそうです。昨日の初日より結構人が入っているし、内容そのものはわりと手堅く作ってある感じ。途中で脱落していく子供たちも典型的なやなタイプで、見る人の共感を得そう。最後に、ビッグフィッシュとシチュエーションが似た泣かせの場面もあります。
それでもねぇ、あの途中で入るウンパルンパ(?)の歌が、バートン的バカバカしさの極致。なんだか途中でミュージカル映画を見ているような気になりましたよ。あの曲だけ売りだしたら意外と売れるかも。

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September 05, 2005

マトリックス on DVD

2年前に公開された映画マトリックスリローデッドとレボリューションズ。当時の感想はこちら。ここで最後に言っているように、ようやくこの3部作のDVDをついに購入。といってもセットでなくて、安くなっていたので結局バラ買いすることに。
あらためてマトリックスを見直すと同時に、ネットでマトリックスの説明をしているサイトなどを見て、ようやく内容が見えてきました。
それにしても、こんなセリフがややこしかったり、思わせぶりだったりしたら、理解しろというのが無理ですよ。そもそも製作側は理解させることを目指していないのだと思います。物語の裏に潜む設定を、なるべく表面に出さずに、わざと多義的に残しているのです。こういったやり方は、どうも日本のアニメの影響のようだけど、個人的にはあまり感心しません。
結果的に、素人目には、マトリックスはシリーズを追う毎に面白くなくなっているように見えます。いろいろな意味で、新しいモノを提示したのが最初のマトリックス。結局、そのインパクトに後の二つは勝てなかったのではと思えます。
しかし、それでも、リローデッドから提示されているマトリックスの世界というのは、興味深いものがあります。マトリックスは仮想現実空間であり、全てはプログラムによって記述されています。従って、登場人物も全てコンピュータ上で動作するプログラムなのです。マトリックスでは、あらゆる現象がプログラムの動作のアナロジーとして表現されます。そういった世界観にソフトウェアエンジニアの私としては、惹かれる部分があるのは確か。
結局、ネオの役割はソースに行って、マトリックスをリロードすることです。実際、ネオの5人の前任者も同様にしてきました。そうすることによって、マトリックスは新しくバージョンアップされるのです。これがシステムの設計者(アーキテクト)、及びオラクルと呼ばれる預言者が考えたマトリックスのシステムです。
このシステムには、役割を終え、削除されるべきプログラム(オブジェクト)なのに削除を拒んでいる者、すなわち漂流者(エグザイル)がいます。キーメーカーも、スミスもその一人。これあたりは、お行儀の悪い書き方をしたプログラムが、RAMをどんどん使っていって解放しない感じをうまく表現しているように見えますね。
コンピュータシミュレーションの仮想現実が、ほとんど現実と変わらないほどの完成度に達したとき、まさにマトリックスのような世界が生まれるのでしょうか・・・

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July 25, 2005

アイランド

人によってはB級映画とか言われそうだけど、私は好きです。こういうの。
土曜日から公開された「アイランド」見に行きました。時は近未来、人々は施設の中で、アイランド行きを唯一の楽しみにしながら管理された生活をしている・・・というところから始まります。実は、彼らはクローン人間だったということが段々わかってくるのですが、普通は気持ち悪く描かれるはずのクローンが今回の主人公というのがミソでしょう。クローンであってもれっきとした人間であり、喜怒哀楽を持ち、人を愛する。そして、納得のいかないことに疑問を感じ、自ら行動しさえする。クローンが主人公になったために、余計に生命をモノのように扱う会社側(マッドサイエンティストとも言うべきか)の非人間性、非倫理性が際立つわけです。
とはいえ、そんな深いテーマを直接聴衆に投げかけるというよりは、どちらかというとアクションやSF的ガジェットの数々のほうが楽しめます。派手なカーチェイスや、ビルから落ちるところとかなんか、マトリックスの二番煎じ的な感じもしました。空中を走るバイクや、RENOVATIO(ラテン語で「復活」)という名前のクルーザーも近未来的な乗り物として、なかなかいいセン行っていると思いました。
クローンと本物が並んで「こっちが本物だ」と両方が言うという場面、結構好きですよ。クローンだから出来る演出だと思います。施設にいたクローンの友人たちと同じ顔の人間が、実際の社会の中でちらほら出てくるあたりも小技が効いています。
最後はあまりに派手なカタルシスを迎えるわけですが、まあ、こういうのはハリウッド映画としては仕方のないところでしょう。
設定の中に今ホットな倫理的テーマが潜んでいるために、単なるアクションムービーになっていることに不満な人もいるでしょうが、いや、このくらいで問題提起するというのもアリかなと私は思います。

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June 25, 2005

バットマンビギンズ

渡辺謙が出演するということで話題の多かったバットマンビギンズ、見に行きました。なかなか面白かった。今回は、ビギンズということで、主人公ブルースウェインにどのようなことが起きて、バットマンが誕生したのかが語られます。中盤、バットマンのいろいろな武器や、例のスーパーカー(バットモービル)が作られる由来が出てきて、とんでもない話ではあるけど、そうやってバットマンが段々作られていく過程が面白かったりするわけです。
ただ私にとって、バットマンと言えばやはりティム・バートンなのですが、当然ながら、今回の映画はティム・バートンものとはかなり違います。今回はどちらかと言うとスパイダーマンに近いテイスト。ティム・バートンはもっともっと、おとぎの国の話にしちゃうんです。悪役もピエロのような哀しさを持っています。ゴッサムシティなんかも全然雰囲気違いますね。今回の場合、超近代都市にアジア的スラム街がドッキングしたような街になってました。非常にリアルな設定で、ティム・バートンが持っていたファンタジー要素、寓話的要素がほとんど無くなりました。まあ、監督が変われば、同じようにやって欲しいなどとは思わないので、それはそれでいいんですが、それでも、私的にはバートンのバットマンのほうがやはり好きですね。
それでも、全体的には小ネタも利いているし、ちょっぴりシリアスな雰囲気を持ちつつ、カーチェイス含む派手なアクションシーン満載の今回のバットマン、面白い映画だと思いました。

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June 19, 2005

四日間の奇蹟

去年、原作を読んで感動したので、映画のほうも見に行ってしまいました。
やっぱり、原作の力は偉大です。映画はほぼ原作に忠実に作られていて、例え映画化されても原作の持つ素晴らしさがきちんと伝わってくることに驚きました。映画化されてすごくつまらなくなっていたらどうしよう、と思ったんですがね。やはり、この小説はスゴイと思いました。
逆に言えば、この映画化、あまりに原作に忠実過ぎるかもしれません。原作を知っている人が見ると、思い出して結構泣けるのだけど、読んでない人にはどう感じるのか心配です。かなり静かで穏やかな雰囲気で淡々と物語が進行するので(そのやり方はいいと思う)、ストーリーを単に消化しているようにも感じてしまいます。(まあ、それでも泣けるのだから原作の力が偉大)
もう一つ、賛否両論ありそうなのが、人格が乗り移った後、何度か千織役が真理子として表現するところです。見た目は千織なのに、中身は真理子、という状況を説明するために、本当に真理子役を使ってしまうのはいささか危険かもしれません。監督としては、かといって、映像エフェクトで薄く真理子を重ねるとか、そういうのがいやだったのでしょう。確かに、それだと逆に安っぽくなるかもしれません。そう考えると、これが最善とも思えるけど、難しいところです・・・
そんなわけで映画も泣けます。セカチューなど間違っても見に行きませんが、こういうファンタジーは大好きです。

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April 18, 2005

コンスタンティン

なんというか妙な映画だなあ~というのが率直な印象。
悪魔とか天使とか神様とか、そういうのがたくさん出てきて不思議なことがたくさん起こるのだけど、それが出来るなら何でもありじゃん、と突っ込みながらも、ストーリーに出てくる各キャラの行動のせこさがいまいち解せません。
キリスト教の天使とか悪魔に関する言葉が頻出しますが、知識層を楽しませようとする魂胆がちょっと見えたりして、あんまり素直に反応できなかったのが正直なところ。あれはね、こういう意味なんだよ、とか自慢したがる連中が出てきそう・・・
結局ストーリーで良くわからなかったことがたくさんあったけれど、映画の雰囲気だけ楽しんだ感じ。映像はとてもファンタジックで良かったです。それだけでも見る価値はあるかも。
正直言ってかなりシブい映画でした。一つだけ忠告。もし見に行くようでしたら、エンドロールが終わるまで席を立たないでください。

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March 13, 2005

ローレライ

架空戦記っていうんでしょうか。でも、ローレライシステムというのが超能力だったという設定は、なかなか面白いなと感じました。太平洋戦争をそのまま描けばどうしてもシリアスになっちゃうし、戦闘シーンを楽しませようと思うなら、こういったSFチックにしてしまうほうが、エンターテインメントとしては王道かも。
だいたい、テレビや映画で太平洋戦争を扱うというのは大変難しいと思います。私ならそういう題材を自ら扱おうという気にはならないでしょう。近い出来事ゆえに、一つの事象を見ても様々な見方があり、どのような見つめ方をしても全体像を捉えることが出来ないからです。もちろん、実際にこういう題材を扱う場合には、ある見方に固定するしかないのですが、それがときに危うく映ります。
例えば、主人公の艦長は特攻を嫌っています。生きることの必要性を何度も説きます。もちろん、今の我々から見ればそれはすごくまっとうなことだけど、あの時代にあのような言動が可能でしょうか。本当は心の奥底でみんなそう思っている、というのも私は嘘だと思います。そのくらい社会状況による常識の違いは大きいと思います。映画だから許されるとは思うけど、私としては少し気になってしまうんです。
だから、いっそのこと、私などもっと架空度を高めた方がいいんじゃないかと思います。もっとSF度を高めたりするとか、そういう形で。でも、それはそれで批判を受けそうですが。
とても濃いキャスティングでしたが、物語がもう少し濃くても良かったような気が。この基本ストーリーならもっとハラハラ、ウルウル作れそうな気がするんですけど。

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February 11, 2005

ステップフォード・ワイフ

ニコールキッドマン主演のこの映画、なかなか楽しめました。これは想像以上に私にとってヒットです。
全体的に寓話的な雰囲気で作られているのが私の好みに合います。特に前半、全てのノリが過剰で、えげつなくて、こういったジョークセンスが面白かった。この感覚は「未来世紀ブラジル」に通じるものがありますね。最初の、主人公のジョアンナ(ニコールキッドマン)が作るテレビ番組の悪乗りぶりはかなりおバカ。それに、ステップフォードという不思議な街の人々の不思議な行動も、ひとつひとつバカバカしくて、風刺に満ちています。このバカバカしさだけを見るとくだらないと思う人もいるかもしれないけど、何を風刺しているかというところまで考えてみると結構深いものを感じます。古き良き時代のアメリカ、キリスト教に深く帰依し、貞淑で夫に無条件に尽くす妻、そういった環境を愛することは、いわゆるアメリカの保守層に対する辛辣な風刺に読めます。そう考えると、ちょっとこの映画はある種の政治的メッセージを潜ませているようにも感じます(要するに民主党寄り)。
さて、ステップフォードの妻たちにはどんな秘密があるんだろう、とわくわくして見ていると、話は思いがけずSFっぽくなってきます。そしてついに主人公のジョアンナまで、洗脳されてしまいます。うわー、ここで終わったらかなり渋いぞ(まさにラストに救いのない「未来世紀ブラジル」そっくり)、と期待を膨らませていると、さすがにハリウッド映画、最後は予定調和な勧善懲悪に向かって大どんでん返し。きちんとこの街の秘密が暴かれるのです。まあ、このあたりは仕方はないのかもしれませんが、最後のどんでん返しでのSF設定には穴がありまくりで、若干萎えてしまいました。
いや、それでもこの寓話的で風刺に満ちたSFチックなこの映画、私のツボを刺激しました。先日のレークサイドマーダーケースとは逆のことを言いますが、終盤で安直なカタルシスを追求しないと、もっと私好みの映画になると思いました。まあ、でもこの辺りが落としどころでもあるのかなあ。

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January 22, 2005

レイクサイド マーダーケース

昨年は映画趣味にますます拍車がかかり、結局23本の映画を鑑賞しました。基本的にはSF・ミステリー・ファンタジー系に傾いていて、このジャンルでまともな作品がなかなか出ない邦画には正直縁が薄い状態です。
さて、今年最初に見た映画は今日封切られた邦画「レイクサイドマーダーケース」。なぜ見ようと思ったかというと・・・、邦画にしてはなかなか渋そうな設定だということ。あとは、20年以上前にファンだった薬師丸ひろ子がどんなになったか興味があったこと。あと、金八先生の鶴見杉田ペアが夫婦役で出るというシャレ(ちょうど私たちが中学生だった頃に流行ったんで妙な感慨があるわけです)というのも見逃せません。杉田かおるの最近の報道のおかげで映画も注目を浴びたか?
ところが、午前中ということもあったのでしょうが、客席はガラガラ。それに、想像以上に内容が渋くて、こりゃーヒットしないだろうなあというのが率直な感想。
でも、まるで心理劇のような登場人物の閉鎖環境での会話のやり取りがものすごくリアル。人間ドラマがとても良く描かれています。この脚本、これまでの邦画にはないリアリティがあります。それを各役者がうまく表現している。あういうタメの入った演技は、恐らく監督の好みなんでしょうね。テレビドラマのような安直さが無くてとても好感を持ちました。
ただ、邦画全体的な特徴として、監督個人の力が強すぎるのか、「売れる」ために必要な作品の客観性がどうも足りないのです。監督の目指す芸術性と、商業的な成功は一致しない場合のほうが多いのは確かです。しかし、芸術家が売れることより自身の信じる芸術性ばかりを強調するのは、常に健全であるとは思いません。現代音楽の状況などにも似ています。
この映画、かなりいいセン言っていますが、一般にもう少しウケる客観性を持ちえるには、もう少し終結感があるはっきりしたエンディングが必要。最後の最後の怪しいシーン、多義的でちょっと売れセン映画としてはいただけません。あと、いくつかの伏線が解決されないまま残っていたりします。
後は見る側が、流行のスターとかドンパチの激しさだけで面白さを評価しないほど成熟するのを待つしかないでしょうね。

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December 30, 2004

詩のボクシング

去年はどうも見逃したようなんですが、今年の詩のボクシングの全国大会の番組を見ることができました。
以前も2回、この番組の模様を談話に書いたりしていますが、いやー、これほんとに面白いですよ。合唱曲を作っているおかげで詩に触れることは多いのだけど、詩を楽しむということに関して、現在最もアグレッシブな試みであるのがこの詩のボクシングと言っていいと思うのです。
文字として書かれる詩よりも語られる詩という要素を重視したこの試みは、歌われる詩という要素と相通ずるものがあります。いずれにしても、音声を通して人に語りかけるからです。特に詩のボクシングの場合、語る人たちのキャラクターがとりわけ大きなファクターとなってきます。それが、逆に一般の人から見ると、ちょっと寒いイメージを持たれるのかもしれないけれど、それは表面的なものの見方でしょう。舞台で何かを表現しようとするとき、恥ずかしいとか寒いとかいう印象はもっと払拭されなければならないものです。それはもちろん合唱にも当てはまります。
今回の優勝者、林木林さん、強烈なキャラだけが印象に残りがちですが、斜に構えた皮肉たっぷりな表現の中に、独特の比喩をちりばめた才能の高さを感じました。
それにあのキャラはどう考えても作為的ですよ。いくらなんでも、あういう詩を作りながら、あそこまで人そのものが素でダサい感じであるとは思えない。髪型、服装をわざとダサくして、しかもノーメイクの眼鏡顔。猫背でおどおどしながら歩き、徹底的に自己卑下した雰囲気を醸し出しています。準決勝時に詩人の紹介があったのですが、昔のちょっと美人な写真を見て、完全に彼女が作為的なキャラ作りをしていることを確信しました。
その準決勝の「雨ニモマケズ」のパロディは面白かった。生真面目で盲目的な宮沢賢治好きには噴飯ものかもしれないけど、ああいうパロディの精神を持っている日本人は少ないと思います。そして決勝の木と水が逆転している世界もすごいと思った。
世の中には市井にいながら、クリエイティヴな活動をしている方がたくさんいるんだなと、個人的には大変勇気付けられた気がしました。

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December 15, 2004

千と千尋の神隠し

今頃見ました。しかも先週テレビを録画していたのを忘れてました。
たまたま、月曜日の英会話のとき、イギリス人の先生が「I couldn't understand」と言っていて、そのときはいくら日本的な雰囲気とはいえ、分からんことはないだろうと思ったんです。映画は結構好きな人なんだけど。(日本にいたら、映画くらいしか楽しみが無いのかも)
その話を聞いて、自分が録画していたのを思い出し、ようやく見たというわけです。流行ったのがずっと前のことだったので、すっかり映画を取り巻く評判を忘れていたのですが、確かに英語の先生が「わけわからん」といった理由はわかりました。これは、とんでもなくシュールなお話だったのですね!
私はこういったシュールさは好きです。ドロドロのゲロゲロな感じがうまく表現できるのはアニメだからこそ。実写じゃシャレにならない映像になってしまいます(その前に、へんてこりんなキャラが実写じゃ無理)。
脈略がなく、とんでもない方向にどんどん話が向かうこの映画は、以前も書いたけど「未来世紀ブラジル」を思い起こします。ただし、そこはやはり宮崎駿、どんなにシュールでも、人の良さ(ブラックな味わいの少なさ)、少女趣味的傾向は健在です。もちろん、その辺りが万人に受ける要因でもあるのですが。
しかし、すごい想像力だなあと思いますね。これだけのキャラ、オブジェのデザインを考え出すその底知れないイマジネーションに感服です。それを堪能するだけでも、宮崎ワールドの価値は十分あると思います。

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December 05, 2004

MJってブスなのか?

今年公開されたヒーロー映画、スパイダーマン2はなかなか良くできた映画で、結構面白かったのですが、実は私まだ1のほうを見ていなかったのです。先日テレビでスパイダーマンをやっていて、ようやく1を見れました。
こちらもなかなか面白かった。1も2も大枠でみれば単純なストーリーだし、想像の範囲を超えない典型的なヒーローモノ映画なんですが、スパイダーマン自身の苦悩や、悪者が悪者になるまでの苦悩などがきちんと描かれていて、微妙に人を引き込むのがうまいなあ、と感心しています。
その中でも、主人公のピーターと幼なじみのMJとの恋愛の行方というのが、もう一つの面白さとしてうまく絡んでいるわけですが、どうも世間一般の評価では、MJ役のキルスティン・ダンストが美人じゃない、とかブサイクだとか、ひどいことを言われているみたい。
映画では誰もが憧れる高嶺の花的存在。しかも女優になりたいとか言ったり、いろんな言葉の端々にタカビーな匂いが漂っています。そういう役どころ自体が、ヒロインの割りには嫌われる原因なのかもしれないけど、でも私には、だからこそリアルに思えるわけです。美人だからこそタカビーに振る舞い、さらにそれをいつも遠くから見つめていることしかできない主人公の純朴さが強調されるわけですね。
それで、MJって皆さん、ブスだと思います?確かに、目元の鋭さと頬の張リ具合が、オバサンっぽい雰囲気を醸し出しているのかもしれません。日本人好みじゃない美人って感じがします。
でも、例えばヨーロッパの奇抜なデザインの車を、「うゎ、へんな車!」と思うか「へぇーかっこいい!」と思うかの違いみたいな、何かしら文化的な美醜の違いを思わず感じたりするんです。こういう端正な欧米系美人というのは、日本人には向かないのかもしれません。
いや、それとも、いつも悪者にからまれて絶叫している感じが、単にはまっているという配役なんでしょうか。

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October 10, 2004

スウィングガールズ

はっきり言って、青春ドタバタものなんですが、これがなかなか楽しませてくれます。
若者向けなのに、きざでかっこよいセリフなんかしゃべらせず、ひたすら等身大の高校生の容赦ないダサい描写がリアル。こういった感性って、日本人の心に普遍的だなあって思います。結局、かっこなんか付けられないおっちょこちょいの人間が人情だけで突っ走る、そういう爽快さを私たちは欲しているのです。寅さんしかり、釣りバカ日誌しかり。伊丹十三モノなんかもそういうところがあります。
そうはいっても、この監督、なかなかいいセンスしてますよ。クドい、とか、あり得ない!とか言われる一歩手前まで来ている設定なのに、それなりに納得させるだけの脚本のパワーがあり、それに合った役者の演技を引き出しています。誰一人、演技が下手とか思えなかったし。
ギャグもきちんと笑わせます。滑ったりしない。一つには、思いがけないタイミングを狙っていて、想像がつかないことがあるでしょうし、一発芸的ナンセンスギャグなんかじゃなく、ちゃんと意味的に面白いギャグを心がけているというのが好感持てるのです。

やっぱり主題が音楽というのがいいですね。
まあ、実際にはこんなに簡単に楽器が出来るようになるわけはないし、途中で仲間が増えるところなんかも映画的でいい加減な設定なんですが、それでも少しずつ楽器が吹けるようになっていく、という悦びをほんのちょっとだけ味あわせてくれます。
中学に入った頃、ブラバンに入った人が、一生懸命マウスピースをくわえて練習していたのを思い出します。はたから見ると、何で簡単に鳴らないんだろうと思うのですが、最初は本当に鳴らないんですよね。もちろん、私なんか今だって鳴らすことは不可能です。でも金管をやっている人は、唇の振動だけで音出しちゃうんですね。ちなみに、浜松でやけにラッパを吹ける人が多いのは、どうも浜松祭りのせいらしい、ということが私にはわかってきました。

スウィングというのは、かなり曖昧な感覚で、人によっても思うところは違うのですが、ここでは裏拍を感じるアフタービート的なことをスウィングに象徴させてクラシックとの違いを引き立たせています。そういうあたりは、映画の分かりやすさに繋がっていて、脚本のうまさに舌を巻きます。
本来、ビッグバンドジャズなんていうのは、もう十分ふるーい音楽でシブ過ぎるのですが、逆に今時だと新鮮なんでしょうかねえ。基本的にジャズというのは内向的に向かわないイメージがあって、それが有り余る女子高生パワーとうまく一致するのかもしれません。女子高生とビッグバンドジャズという取り合わせにも、なかなか面白いものを感じました。

先の展開が分かっちゃいるけど、楽しめちゃう。そういう映画です。
特に、アンサンブルで音楽やっている人は爽快感を覚えることでしょう。実際にはこんなにうまくいかないんですけどね。

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August 01, 2004

韓国ドラマブーム

ウチでもはまっている人がいて、最近この手のドラマばかり見てます。HDレコーダに録画されているタイトルも、気が付くと「冬ソナ」とか、そういうのがずらっと並んでます。まあ世の中これだけブームなのだから、わざわざあれこれ言うのもなんですが、それにしてもどうも私にはいただけない感じがしてます。^^;

だいたいですねー、事件多すぎです。
この手のドラマにありがちな、交通事故、記憶喪失、出生の秘密、白血病、禁断の愛・・・などなどの定型的な事件のオンパレード。毎日がこんなに派手な事件の連続だと、普通の人は生きちゃいけませんよ。
それに、毎回のように涙を流す主人公たち。会えば泣く、会えなければ泣く、怒れば泣く、悪口を言われて泣く、おいおい、そんなに毎回泣いてたら、なんか涙の価値が下がってしまいませんか?
主人公たちが、芸能人だったり、ピアニストだったり、会社経営者だったりと、普通じゃない人たちばかりなのも気になります。まあ人気のありそうな職業を選んでいるのでしょうが、会社経営や芸術関係の人たちばかりというのは、いかにもという感じでリアリティを感じないのです。

繰り返し流される主題歌なども、なんか不思議ですね。これって、ものすごく日本の歌謡曲とかに似ています。しかも二十年くらい前の。
このまま日本語の歌詞を付ければ日本の歌謡曲として成り立ちそう。(中森明菜も歌っているらしい)
そういうところが、日本人の心を捉えているのだろうけど、なんか微妙に日本の歌謡曲がパクられているような気がして、どうも素直にこれらの音楽を聞けません。

なんてことを書き連ねると、世の中の多くの韓国ドラマファンを敵に回しそうです。
確かに過剰な設定、過剰な演出は目に付くものの、日本のドラマに足りなかった何かが恐らくこれらの中に潜んでいるのでしょう。私が感じるのは、登場人物の純朴さ。性格とか行動とか、そういうのじゃなくて、単純にファッション、風俗の感じ方とかが日本より少し素朴なのです。それが、若者の風俗の行き過ぎに若干の懸念を感じている三十代、四十代の人々に受ける理由になっているのでしょう。

あのドラマを見て、例えば韓国人は涙もろいんだ、とか、なるべくそういう感想を私は持たないようにしています。それこそ、韓国人はあのドラマを韓国の等身大の姿だと思われたくないと感じているでしょうから。
逆のことを考えてみてください。日本のドラマを外国で放送して、ああ日本ってこんな風俗なんだ、なんて思われたくないでしょう?所詮ドラマはドラマです。
むしろ、なぜ日本でこういうドラマがウケてしまったのか、というのは分析する価値はあるかもしれません。

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July 03, 2004

ティム・バートンにはまる その2

シザーハンズを観ました。
はさみの手を持つ主人公エドワードって、もうこれ監督のティム・バートン自身じゃないの、と感じてしまいました。この映画、構想から脚本まで、ほぼティム・バートンが手がけていて、ストーリーから映像まで、何から何までもがティム・バートン色に満ち溢れています。
そして、主人公の人造人間エドワード。突然街に連れてこられるまで一人で城に住んでいたので、街の人たちと正常にコミュニケーションが取れない。街の人は、ちょっと異質なエドワードを最初は大歓迎し、チヤホヤともてはやすのだけど、一つ歯車が狂い始めると、まるで手のひらを返したように迫害し始めます。
映画の中では、なぜエドワードがはさみの手なのか、明確な説明はありませんが、この映画に対してそのことを突っ込むのは野暮というものです。なぜなら、このファンタジーにとって「はさみ」は極めて象徴的なモチーフと思えるからです。
映画の中で「はさみ」は、独創的な形に植木を刈ったり、髪の毛を切ったりする、芸術性を表現するための道具であると同時に、近くにいる者を思いがけず傷つけてしまったり、時として暴走する怒りの感情で凶暴な凶器に変わってしまったりします。まさに、「はさみ」は、芸術家的資質を持ちながら、他者とのコミュニケーションを不得手とした人間の、そしてそれはティム・バートンの人間性そのものを象徴しているように思えてしまいます。
そう思うと、この映画も、太宰治の「人間失格」とか、谷崎潤一郎の「異端者の悲しみ」のような、自身の青年期の不安定な心理を語った自叙伝的な芸術作品と言えるかもしれません。

それにしても、ここまで作家性が強烈に発揮されるような映画監督というのは本当に珍しいと思います。
だからこそ、ティム・バートンにはマニアックな支持層が多いのでしょうが、このような個性ある作家性を持った映画監督が活躍できるアメリカの映画産業というのも大したものです。
もっともティム・バートン自身は、いろいろと映画の内容に口出しされたり、肩越しに撮影をチェックされるようなハリウッドの環境にいろいろ不満を述べたりしていますが、まあ経営側から見れば当たり前のことでしょう。本当かは知りませんが、「マーズアタック!」でティム・バートンが好き放題に作った結果、興行的に失敗してしまい、しばらくティム・バートンはお仕着せのテーマでしか撮らせてもらえなかったという話もあります。
それでも、30ちょっと前の若輩者にバットマンの映画監督を任せるというのは、やはり日本では無理だろうなあ、と思います。

話はそれますが、映画作りというのは、チーム作業によるものなわけで、以前私が書いたこんな話がやっぱり当てはまるんだろうなあと感じます。
恐らく、日本の映画監督というのは現場監督そのものであり、大勢の人たちを一言で動かすだけのカリスマ性、及び事務能力が必要とされているのではないでしょうか。だから、まず人間的に頼りがいがあり、人々の信頼も厚いというようなそういう人(経営者のような)であることが要求されているような気がします。
それに比べると、少なくともティム・バートンの例を見る限り、アメリカ映画では映画監督の芸術性をきっちり判断するような審美眼を制作側が持ち合わせているし、映画に携わる人たちも、監督の人柄でなく(だけでなく)、芸術性を信頼しているように思えます。
それは、どのようにすれば良い映画が作れるかわかっているからであり、もう少し悪く言えば、何が売れるのかという意識を明確に持っているからなのでしょう。
芸術のことを考えれば考えるほど、そういった日本と海外の審美眼の違いに見えざる壁をいつも感じてしまうのです。

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June 13, 2004

ティム・バートンにはまる

「最近面白かったもの」にも書きましたが、先日観た「ビッグフィッシュ」という映画にいたく感動しました。
映画監督はティム・バートン。そのあと、ティム・バートン関係の情報をいろいろネットで見るうちに、この監督の独特な感性や、映像美の世界に非常に興味を感じるようになりました。

実は、ティム・バートン監督の「バットマンリターンズ」も結構好きな映画で、このDVDは既に持っていたのですが、その後、「マーズアタック」「エドウッド」のDVDを買って、目下、ティム・バートン映画にはまっているところです。「猿の惑星」は劇場で見ました。ただし、名作と言われている「シザーハンズ」はまだ観てません。近いうちに、こちらもDVD購入予定。

それにしても何が私を惹きつけるのか。
もちろん、ファンタジックな感じとか、ブラックユーモア満載とか、カルトへの偏愛とか、そういった要素も面白いし、多くの人が語っているわけですが、そういうことを小道具として、極めて等身大な一個人のリアルな心理を、細やかに表現しようとすることこそ、この人の本質的な特徴だと感じます。

そもそもファンタジーは現実感のないおとぎ話であればいい、というわけではないと思います。
むしろ実態は逆で、いかに現実世界には正視に耐えない厳しい現実があるのか、それを暗示的に表現することこそ、ファンタジーの役目であり、それを表現者が婉曲に告発することが、その痛快さに繋がっていると感じるのです。
もちろん、社会の醜い側面を、非常に正攻法で告発するような表現方法もあります。こういう作品は実に男らしくて雄々しいものです。しかし、現実はそんなに単純ではないのです。誰かが成功すれば、誰かがひどい目に遭うのが世の現実。だからこそ、正攻法での告発は常に矛盾を孕んだものになります。残念ながらみんなが幸せにはなれないのです。
ファンタジーは、恐らくそういった現実を肯定し、世の不条理を告発しつつ、社会全体の幸福でなく、個人のささやかな幸福を描きます。だからこそ、リアルな社会を描いた作品よりも、個人にとってリアルなものとなる可能性があります。

「バットマンリターンズ」は一見、ドタバタなアメリカンヒーロー物の映画のように思われがちですが、そういった外見を取り除くと、バットマン、キャットウーマン、ペンギン男、の哀しさが非常に際立ちます。
むしろ主人公であるべきバットマンはちょっと影が薄く、キャットウーマンやペンギン男のエピソードが異常に哀しく心に響きます。この二人とも、実に自己表現の下手な、小心者なキャラです。普通の映画なら、どんな虐げられた人間でも、きっちり自己表現してテキパキと行動して、「実際にはあんなにうまくいかないよなあ」となってしまうわけですが、ティム・バートンはそういった嘘がつけないのです。
ドギマギしてへんてこなことを口走ったり、すぐにカッとなって暴力を振るってしまったり、それでいて一人になるとそんな自分に自己嫌悪を感じて落ち込んだり、そういった人々の行動をティム・バートンは愛します。私には、監督自身がそういう想いを絶えず感じ続けた人だったと思えてなりません。

こういうベースがあって、ティム・バートンが映画の中にちりばめる小道具が生きてきます。
例えば、悲しい事件はいつもクリスマスシーズン。人々が最も楽しむはずのクリスマスだからこそ、その哀しみは倍化されます。
暴力シーンは、現実感からいつも遊離していて、ファンタジックですらあります。そしてファンタジーだからこそ、容赦ない残酷さで表現できます。「バットマンリターンズ」や「マーズアタック」などでは、自分の前に集まる多くの人々に向かって、突然発砲を始め、バタバタと人々が死んでいくシーンがあります。
それから、奇形な人間、あるいはサーカスなどのモチーフが度々現れます。「ビッグ・フィッシュ」などは、まさに良い例で、身長5mの怪物とか、シャム双生児とか、狼男が率いるサーカス団など、ティム・バートン的世界の住人がたくさん現れます。

ついさっき見た「エド・ウッド」ですが、こちらはシリアスな伝記映画で、ちょっと傾向は異なりますが、自分の夢のために突っ走るB級映画監督エド・ウッドの存在自体がファンタジーに思えて、映画界の現実をコミカルに告発しているようにも感じました。

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May 15, 2004

ビッグ・フィッシュ

はっきりいって無茶苦茶泣けました。
監督のティム・バートンといえば、バットマンなどが有名。実は、バットマンは私の結構好きな映画で、どうもこの監督の作品とは波長が合いそうです。SF、ファンタジー的なストーリーが必ず基調になるという点、そして独特のユーモアセンスが特徴的な感じがします。
この映画、従来のこの監督の作品とは系列が異なるように思えますが、とんでもない、バリバリのファンタジー作品です。しかし、微妙に現実とファンタジーが交錯しているところがこの作品の独特のところかもしれません。

筋を簡単に紹介しましょう。
ホラ話が大好きな父さん(エドワード)と絶交状態にある息子(ウィル)が、父の危篤の報を聞いて、久しぶりに父のもとに帰ります。二人は再会しますが、相変わらずホラ話が大好きな父。
そして、実際、映画のほとんどの話は父のホラ話が中心になっていきます。故郷の英雄になる父。不思議な街での経験。母(サンドラ)との出会いとプロポーズ、そして結婚。軍隊時代の冒険、セールスマン時代の冒険談など。
父と息子の確執は続き、息子は父の話の一体どこまでが本当なのか疑念を持ちますが、ついに父の最期のとき、あれほどホラ話を嫌っていた息子が、今までの父のホラ話をまとめて、逆に父にホラ話を語るのです。

何しろ、次から次へと出てくるエドワードの冒険談がとても面白い。ある種、ハチャメチャな展開ともいえるのですが、それがストーリーをシュールにさせ、ますますファンタジーの度合いを深めていきます。
個人的には、何回か出てくる詩人役がとても面白かった。過去に名を成した詩人と、不思議な街で出会うのですが、そのとき詩人が書いていた詩のあまりの幼稚さが笑えます。しかも、その詩人、銀行で再会したとき、「今、何の仕事してるの?」と聞くと「銀行強盗さ」といって、いきなり銃を出す、そのナンセンスさ。そして、エドワードはその銀行強盗をいきなり手助けする羽目に。
一つ一つのエピソードに、必ずひねりの効いたユーモアが現れ、そのセンスに非常に共感を感じます。

そして、感動するのは、何といってもラストシーンのウィルのホラ話です。
その伏線は、エドワードが小さいとき魔女に自分の死に様を教えてもらったが、その死に様自体は誰にも話したことがない、という形で張ってあります。
一体その話を、いつエドワードがしてくれるのか期待しているうちに、エドワードは危篤になってしまうわけです。そして、エドワードの死に様のホラ話を息子ウィルがすることによって、ホラ話が大好きだった父の生き様を、ウィルはようやく肯定できるようになるわけです。
そして、そのホラ話の中では、これまでの登場人物がエドワードを川で出迎え、そしてウィルによって川に流されたエドワードは「大きな魚」に変身して、川の中に消えていきます。
・・・・うーん、やられた!という感じ。この大きな魚は、映画冒頭のエピソードで出てくるのですが、あんまりにもファンタジーな、きれいなラストじゃないですか。各エピソードの中に出てきた、登場人物全てが、エドワードの最期に集まるというのも泣けてきますね。
そんなわけで、すっかり私はこの映画に、はめられてしまったわけです。

最近、談話で映画の時間軸上の構造の話などしましたが、やっぱり、いい映画はしっかりした構造を持っているなあ、とあらためて実感。ファンタジーだから何でもアリ、で設定をメチャメチャには絶対しません。細かいところだけど、前にあった同じ場所のシーンの中で同じ小ネタが使われていたりとか、後々重要になる事柄を最初の方でわざと強調した映像にする、といったような構造的な仕組みがキチンと出来ているのです。

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May 08, 2004

映画の面白さについて

映画の構造性の話、もう少し書いてみます。
実は、私、最近かなり映画を見に行っています。数年前、浜松のTOHOシネマズが自宅から歩いて10分くらいのところに出来て、暇なときふらっと見に行くようになりました。シネマイレージの会員になると、鑑賞履歴がネット上で見れるのですが、それによるとここ一年で20本は見てます。もちろん、超映画マニアから見れば、少ないほうではありますが。

さて、私が先週構造性と呼んだものについて、もう少し具体的な例を示した方が良いかもしれません。
端的に言えば、構造性とは、ストーリーのメリハリであり、映画を見た人が論理的に納得するための仕組みのようなものです。例えば、序盤で作品の背景、状況、世界観をいかに自然に、かつ丁寧に伝えるかというような点、中盤で、クライマックスに達するまで、どのように緊迫感を盛り上げていくか、あるいはどういう順序でストーリーを展開させ、子ネタ(伏線張り)を散らばせておくか、という点、そしてクライマックス自体をどのように作るか、映画全体の納得感をどうやって感じさせるか、そして何よりどのように終わらせて、観客をどういう気持ちにさせたいのか、という点などが挙げられます。
ただし、こういった映画の流れはエンターテインメント性の高い映画に特徴的であり、ジャンルで言えば、SF、サスペンス、アクション、ホラーといった作品にとって重要な要素です。実は、こういったことが当てはまるのは、ほとんどアメリカ、つまりハリウッド映画なのですね。

目をハリウッド映画から転じてみると、他の国の映画などでは、若干、構造性が希薄になる様な気がします。一カットが長くなったり、映画の主題からそれるようなセリフやシーンがあったりなどします。また、人を驚かすような効果音、音楽も少なくなります(これ逆に振れると最悪←キャシャーンなど^^;)。もちろん、扱う話題も上記のようなジャンルからちょっと離れてきます。例えばフランス映画なら、退廃的な恋愛映画のようなジャンルが面白いし、日本映画なら、やはり人情モノのようなストーリーが安心して観ていられます。
そういったハリウッド映画以外のところで、ハリウッドを真似た映画を作ろうとすると、上記のような構造性の追及が甘くなり、非常に中途半端な作品になってしまいます。レンタルビデオで、フランスのSF映画なんか見たことがありますが、これもかなりトンデモな代物でしたね。やはり、根本的にそういう文化が足りないのでしょう。
もちろん、ハリウッド映画以外のところでは、自分たちの得意領域をもっともっと切り開いて、安易に流行りものに追随しないほうが良いとも思えるのですが、それでも正直言うと、同じ映画制作者として、もう少し何とかならんのかなという気持ちもあったりします。

アメリカ映画でないのに、逆に極端に構造性を追及した映画が昨年ありました。「最近面白かったこと」にも書いた中国映画「HERO」です。ここで書いた私の文での構造性とはもっと狭い意味で使っていますが、話が入れ子構造になっているという点において、この映画では構造性そのものを前面に押し出しているのです。もちろん、入れ子構造は、一般的に回想シーンなどであり得ますが、映画のほとんどが複数の回想シーンで出来ている、というのは滅多に見られません。
さらに、この入れ子構造が二重になったりすると、もはや見ている人はワケが分からなくなりますが、さすがにそういう映画に出会ったことはありません。実験精神の旺盛な人に、是非一度そういう映画を作ってみてもらいたいものです。

ハリウッド映画を批判する人も多いと思います。私も、あまりに勧善懲悪なアメリカ的な発想に辟易とすることがありますが、それでも、映画作りのきめ細かさはさすがだなあ、と素直に感じます。

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May 01, 2004

映画から構造について考える

音楽作品の構造の問題について、これまでも何回か書いてきました。

実は、今回の話は音楽とは全然関係ないところから始まります。
一般的にいえば、日本の映画はやはりハリウッド映画にはどうしてもかなわないのです。特にSF映画。だからこそ、何としても面白い日本のSF映画に出会いたくて、ついついいろいろ見に行ってしまうのです。
先日、話題の「CASSHERN(キャシャーン)」を見に行ってきました。俳優陣もすごいし、予告編を見ると結構面白そう。世紀末的な世界観にも惹かれるし、宇多田ヒカルのダンナが監督というのもちょっと気になる、ということで公開前から興味は持っていたのです。

さて、感想はというと、正直に言えば見事なくらいはずしたという感じ。邦画の面白くない一典型を垣間見た気分なのです。
まあ別に大して良くなかった、というくらいならこんな文章は書かないのですが、この面白くなさには、非常に語るべき何かがあるような気がするのです。芸術作品としてのこの映画の問題点を、反面教師としてちょっと考えてみたくなるような、そんな気分なのです。
もちろん、この映画を楽しんで見た方もいらっしゃるでしょうから、面白くなかったのはあくまで私自身の個人的な意見ということを承知してください。

結局のところ、この映画の問題点とは構造性の欠如ではないかと思うのです。
全編、プロモーションビデオを作るような感覚で出来ていて、とにかく特殊映像技術のオンパレード、バックミュージックのオンパレードです。全てに力が入りすぎたせいで、逆に全体が平坦になってしまっているのです。おかげでストーリーの起伏が無くなってしまい、表現の力点が伝わってきません。どのシーンももったいぶった作り方で(山場で使われるような技法)、ストーリーのテンポ感も悪く、かなりダレてきてしまいました。
何度か繰り返される反戦メッセージも、メインのストーリーとどうも遊離している感じがするし、取ってつけた感じがしないでもありません。ここで見せられる戦争のおぞましさの表現も、どこかステロタイプな気がします。

大きな作品には必ず構造が必要だと何回か言ってきました。これは、映画であっても音楽であっても同じことだと思います。
一発アイデア的な作品なら、小さい作品、短編のほうが絶対映えるはずだし、逆に小さなアイデアをただたくさん積み重ねて大きなものを作ってしまうと、かなりいびつなものになってしまいます。
大雑把に言えば、面白くない邦画というのはたいていこの構造性が欠如しているような感じがします。場面場面でまるで思いつきで作ったように話が展開していき、ストーリー全体が一貫していなかったり、論理的に破綻していたりこともしばしば。ハリウッド映画ならB級映画であっても、もう少し気の利いた伏線の張り方をしています。
この構造性の欠如はもしかしたら、日本人の特性とも思えるのですがいかがでしょう?

さて、映画のキャシャーンですが、もちろん悪いことばかりではありません。
ハイテクと重化学工業がミックスしたような独特な機械デザインとか、アジア的な雰囲気、町並みや情景の作り込みなど、洋画のSF映画を凌駕する出来だと思います。小物はとてもよく出来ているのです。

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March 21, 2004

「白い巨塔」の人間模様

全部というわけではないけど、結構見てました。フジテレビでやっていた「白い巨塔」。
最初はなんだか、それぞれのキャラがステレオタイプな人物像のように感じていたけど、だんだんとリアルな感じに思えてきて、なかなか楽しめたテレビドラマだったと思います。

際立ったキャラと言えば、やはり主人公の財前五郎(唐沢寿明)。
出世をすること、そして権力を得ることこそ自らの生きる目標だと考え、その目的のために一途に行動する極めて上昇志向の高い人間。いまどき、こんな見え透いた行動を取る人っているか、と私には感じられるのだけど、もちろんテレビだから極端にするというのはあるけど、意外といるのかもという気もしてきました。
私はメーカーの技術屋さんですが、こういう職場には、あまり財前的な人間はいないのでしょう。しかし、実際に世の中に起きている事件とか見ると、そんな世界もあるのかなあ、という気になってきます。
もちろん、社会の中で生きている以上、なんらかの上昇志向的な気持ちは必要だとは思うわけですが、その気持ちが過剰になると、他人を蹴落としたり、お金で買収したり、手下をコマのように扱い、上におもねるような態度を取ったりするようになる。そういう行動が、典型的に描かれていて、こりゃ誰が見ても嫌われる奴だよなあ、と私には思えるのですが、そうでもないのでしょうかね。

その対極が、財前の友人である里見脩二(江口洋介)。
これもまた極端です。自分の所属する組織に背いてまで、正しい事を曲げようとしない正義の象徴のような人物。これなどは、会社で行われている不正行為などを、自分が見て見ぬふりをできるのか、そういう問題提起を私たちに対して与えているのかもしれません。
しかし、そのために自分の社会的地位が危うくなるのなら、普通は組織に背きませんよね。特に日本的な社会なら。
もっとも今なら、匿名で内部告発というのもアリなので、昔に比べれば多少は精神衛生上良くなっているのかもしれませんが、なかなか職場の人間を敵に回すような行為はそう簡単にはできないでしょう。

このある意味、極端な二人が、なぜか学生時代からの親友で、反発しあいながらも、結局お互いが一番気になる存在だというこの設定、なんとなく女性の視点が感じられます。
女性作家って、結構、男の友情みたいのが好きだったりして。確かに、原作は山崎豊子、脚本も井上由美子と女性ですね。(ちなみに、井上由美子って「北条時宗」の脚本も担当)

それからもう一つ、このドラマの面白さは、やはり癌の専門家である外科医が、最後に癌で死ぬ、その因果というか、誰もが死ぬ間際の財前の気持ちを考えたくなる、そういう部分にあるのかなあ、と私には思えました。

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